強烈な匂いの中、自分の身長の2倍以上ある樽、というより桶だ、これがズラっと並んでいて、奧の方では大釜からの湯気で蜃気楼のように景色がぼやけている。職人達が梯子を登って櫂でかき回したり、スコップで小分けした樽を担いだり、忙しそうに立ち回っている。
子供心に邪魔しちゃいけないという雰囲気を感じたし、それより匂いに酔いそうで、あまり長時間観察したことはなかったが、屈強な男達が物作りに専念する姿は格好いいもんだった。
大豆を煮、小麦を炒り、麹と混ぜ、熟成させる。その土地の風土に合った原料、配合、桶や樽に住み着いた酵母などの微生物、そして手間と時を掛けることでしか得られない芳醇な味。伝統を守り、日本人の生きる力の素を創り出しているという誇りに輝いていたんだね。
時は流れ、自分が来ることになるなんて夢にも思っていなかったその場所で再会した杉の木桶に染み込んだ匂いは、紛れもなくあの頃と同じ、一世紀に渡りウチのブランドを育んできた証であった。よくぞ震災を生き延びたものだ。
直径 2m ほどの底板は、厚さが 20cm 以上あり、5枚ほどの合わせ板となっている。側板は厚さ 5cm、幅 10~20cm、6m の円周だと 40~50 本ほどになる。これらを組み合わせ、竹の箍で締め付けるだけで漏れないようにするって技術は驚異的である。二十石、味噌だと 4t になる。その重さに耐え、半年から一年間、移り変わる季節の中で一緒に呼吸する。

ワシが赴任した頃はもうそんな桶を作ってくれる職人は少なくなっており、新たに購入する桶は全てファイバー製となって衛生的ではあったが、同時にあの木に宿る精霊達との別れでもあったのである。