ITコーディネータ 針生徹 の blog
往復書簡4
ちょっと見えてきたような気もするが、やはり溝は残るようである。
それはおそらく埋められないのだろう、と思えてきた。

タバコの煙や臭いが迷惑だ、という事の裏返しなのかも知れない。
他人の嗜好や価値観を踏みにじるような言説もまた迷惑なのである。

要はエゴ同士なのだから、相容れることは無理なのだろう。

喫煙者はエゴだと自覚しているが、正論を振りかざす人も認識して欲しい。
タバコの毒も、言葉の暴力も、どちらも危険なエゴでしかないのだ。

依存症は、本人が気付き、吹っ切るしか無いと言う。
このやり取りの中で、そのきっかけが見つかるといいなぁ。




タバコ談義 from Edinblog on Sunday
非喫煙者のタバコ談義がエスカレートするのは、非喫煙者が被害者になりうるからだと思います。だれでも自分を傷つけようとするものに対しては戦おうとする、それは依存症ではないと思います。
takepong さんも同じことを書いていますよ。

自分を守る為ならば言葉の暴力で相手を傷付けてもいいという事にはならないでしょう。このやり取りで ninotika さんが不愉快と感じたように、不毛で悲しい結果を引き起こすだけです。

喫煙者は、「愛」「依存症」「中毒」いずれにしろ、自分が煙草を吸う理由については認識していますから、非喫煙者に向かって「考えを改めよ」とは言いません。

先に喧嘩を吹っかけるのは決まって正論のエビデンスに依存している人です。もし自分の身を守る為なのであれば、「煙草が嫌いだ」と言うだけでいい筈なのに、下手に理論武装しようとするから逆効果になってしまう。

エスカレートさえしなければ、喫煙者の気付きを得られるような建設的な議論も可能だと思っていますが、自分の方が 100% 正しいのだから、という後ろ盾によって、コミュニケーションは相互なのだという事を忘れてしまう傾向を感じます。

ワシも当事者であるので、客観的とは言えないでしょうけど、takepong さんの所への ninotika さんの書き込みは、相手の意見をちゃんと読んだ上での主張とは受け取れませんでした。
ええ、もうtakepongさんとのやりとりは大変でした。有意義だったのかどうかもわかりません。最善をつくしたつもりだったんですが、すごく難しかった。なんでうまくコミュニケーションがとれなかったのか自分でもわかりません。全員とこんなやりとりしていたらもうだめですね。確かに続きません。反省しなくてはいけないと思いますが、どうしてそうなってしまったのかがよくわからないので、もう少し頭を冷やさないといけないのかもしれません。
そうですね。ネット上でのフレームではよく見掛けることですが、売り言葉に買い言葉で過熱してしまうと、もう内容はどうでもよくて、相手を論破すること自体が目的となってしまいます。
脊髄反射のような応答の仕方をしたつもりはないのですが、今流行の顔文字とか(笑)とか(爆)とか~~とかそういうニュアンスを和らげる言い方をしないとそうみえてしまうのかもしれませんね。でも顔文字とか苦手なので、すみません。文もうまくないし。きっと書き方ひとつで変わるんだとは思うんですが、回りくどいいい方よりはいいかとおもったりしながら、思いきって書いていました。
脊髄反射と書いたのは表現の仕方ではなくて、拙速という意味です。あまりにも応答が早過ぎます。まるで、今日中に論駁しなければ人類が滅亡してしまう、というような勢いでした。

議論に熱中すると、もうそれが頭の中を占有してしまい、とにかくすぐに書きたくなる気持ちになります。普段から律儀にコメントして回っている ninotika さんだから一層そうなったのでしょう。

相手の文章をプリントアウトしてじっくり読む、自分が書いた文章を一晩寝かせてみる、しばらく離れて別の事に熱中してみる等、いずれ時間を置くのが効果あるようです。画面上でリアルタイムのやり取りしているとどうしても冷静さを欠いてしまいますからね。

ワシの一昨日からの返事が遅れたのは、仕事の都合もありましたが、わざとそうした所もあります。遅れる、という通知は出しておきましたけど。

それから、論争しているときに下手に顔文字とか使うと却ってバカにされたような印象を持たれることもあります。takepong さんの文章の内容ではなく、字面や文調にカリカリ来たところもあるでしょう?
これは私個人の見方ですね。タバコに対して「愛」という言葉を使うのは、私個人的に抵抗がある、という意味です。というのはタバコへの「愛」が「中毒」である可能性があるからです。ひとを「愛」することは私は誰にとっても不可欠で、「愛」は美しいものだと思っています。それと一緒にできるのかどうか疑問だからです。死んでもいいからタバコをやめない、というタバコへの「愛」、それはほんとに「愛」なのか、それとも「中毒」なのか。そういう人にとっては生きることはタバコくらいの価値しかないのでしょうか。それは悲しいなあと。これはほんとにただの私個人の意見です。私はそんなタバコへの「愛」を納得したくない、という私の主張です。
これが本音なのですよね。最初からこれを出していれば、価値観の違いなのだから議論するまでも無かったでしょう。まさに「好き嫌い」の世界です。

単純に「煙草が嫌いだ」とか、それで「悩んでいる」のであれば、滑稽とかバカらしいなんて思いませんよ。それを理論武装して、相手を説伏しようとする態度に対して言っているのです。

anti-tobacco さんも下記の通り、非喫煙者の意識を変えようと明言されていました。 from 潜在意識とタバコ:タバコと離婚、タバコと親子
すでに、依存症になっている人を救うのは、難しいです。だから、私が願うのは、これ以上依存症患者を増やさないこと。それだけです。それには、非喫煙者の意識を変えなければならない、昔の私のように、無関心な非喫煙者ではだめです。非喫煙者の意識を変えること、これがこれからの無煙社会のキーになると思います。
ワシには「自分が正しいのだから従うべきだ」というエゴにしか読めません。
タバコを吸う人とは結婚できない、非喫煙者が、そのような意識を結婚前からもっていたら、少なくとも離婚問題はおきないでしょう。もし、私が結婚前に今のこのような意識を持っていたとしたら、喫煙者とは結婚しなかった(かもしれない)。
この主張は極端だと今でも思うし、タバコを人間関係よりも優先しているのは、全く説得力を欠いています。

そこであのようにコメントし、その後のリセットされた?というエントリで「たかがタバコ、本当にそう思います。」と書かれていたので、伝わったかなぁと感じたのです。

まぁ、「滑稽」とか「バカらしい」という表現は言葉の暴力になりそうですから使わないようにしておきましょう。でも、そう思われるような言説を展開していることは気付いて欲しいです。

さて、タバコや議論の仕方はこれぐらいにして、これからはワシにとっての本題である依存症について考えていきます。

これに懲りずに、また色々とアドバイスを頂ければありがたいです。
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by harryblog | 2004-09-10 05:27 | Myself | ↑Top  
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針生 徹

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