ITコーディネータ 針生徹 の blog
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鼠の国
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 その晩も針生は昌典に呑まされ、かなり酔っ払っていた。おまけに、呑む時は何も食べない針生なのに、最後に焼肉を食べたのがいけなかった。吐きそうなのをこらえると、目の前が真っ暗になった。なんとか家には帰ってきたが、目覚しを掛けるのも忘れてブッ倒れた。昌典と呑むといつもこうである。

 朝日が眩しくて目が覚めた。頭が割れるように痛い。口からアルコールの臭いが溢れているのが自分で判る。時計を見ると7時半、やべぇっ! フラフラになりながら新幹線に飛び乗る。

 昌典と呑みに行く事は聞いていた瞳は、こうなることは覚悟していた。列車の中からの電話を受けると文句をまくしたてたが、百円玉なのですぐ切れてしまう。結局、約束の時間だけをずらした。もっと怒られると思っていた針生だが、今日の瞳は寛大だった。

 瞳の車を運転していても気分が悪い針生は、着いた頃には吐きそうになっていた。デートをブチ壊したくなかったので、脂汗を流しながら歯を食いしばった。涙ぐましい根性物語である。
 こんな所へは、女の子と一緒でなければ来たくても来れない。針生は、瞳とデートする度に世界が広がっていくのを感謝した。

 初っ端から噂に聞く「スペース・マウンテン」などに乗ろうものなら確実に死んでしまうだろうから、最初はおとなしいのにして下さい。ってことで、「カリブの海賊」。精巧な人形の動きに驚嘆していると、突然3m程の滝を下り、もう胃がムカついてきた針生は、ここにはおとなしい乗物など無いのではないかと思うと逃げ出したくなってきた。
 瞳はジェットコースターが大好きで、準備運動として乗ろうとした「ビッグサンダーマウンテン」が故障中なのを残念がったが、針生は二日酔の所為だけではなく、本当にジェットコースターが苦手だったので安堵した。瞳は、針生をイジめる楽しみは最後にとっておくことにして、蒸気船やお化け屋敷など平穏なアトラクションで我慢しといてやった。

 好天に恵まれたこの日は、平日というのに修学旅行や東南アジアの観光客をはじめ、おのぼりさんで混雑していた。針生だって立派なおのぼりさんだったが。
 針生は朝食を抜いたので、遅い昼食では高い物価に腹を立てながらも三人前をペロリと平らげた。それを見た瞳は「二日酔で具合が悪いってのは本当かしら?」と疑った。
 レストランの前をパレードが通る。これだけの人数と衣装や乗物を見ると、物価の高いのも仕方が無いのだろうと思う。

 「ダイヤモンドホースシューレビュー」というショーが気に入っている瞳は、頼み込んで舞台脇の特別席に座った。瞳のイタズラな視線に気付いた針生は、トイレでアルコールを全部出して不測の事態に備える。
 フレンチ・カンカンを主体としたショーで、結構楽しめる。歌いながら、舞台から降りて観客の間を回る。と、一人の客が掴まり、スポットライトの中でキスされた。
 「ハハァ、これだったんだな」 針生はホッと胸をなで下ろし、瞳は残念がった。
 ところが、ショーはまだ続いた。コメディアンが踊りながら針生に近付いてきたかと思うと、突然、口の中にふくんだ豆を針生に向かって飛ばした。次から次から出てきて、最後にはまとめて吐き出す。豆の雨の中を逃げ惑う針生は、知らぬ間にショーに巻き込まれていた。照れ隠しに大笑いしていると、体調が回復してきた。

 「ジェットコースターでも何でも来やがれ!」

 針生に強気になられては面白くないので、瞳は「ピーターパン」や「キャプテンEO」で時間を稼ぐ。だが、そのお陰で針生の二日酔いも納まってきた。

 いよいよ「スペース・マウンテン」にチャレンジしますかね。と平然を装っていた針生だが、列に並んで注意書きを読んでいるうちに不安が大きくなってきた。「心臓の弱い方・脊椎に異常がある方・体調の悪い方はご遠慮下さい」と書いてある。全てに該当する針生は、随所に設けられた避難口から逃げようとするが、瞳が袖を引っ張っていく。「犬じゃねぇんだぞ」と思いながらも、瞳に背くことは許されない。
 降りてくる人の顔色を伺うと、大した事ねぇんじゃねぇかと思えるが、こういうのが好きな人達ばかりなのかも知れない。順番が近付くにつれ、ドクター瞳が測る針生の脈拍は数えていられないほど速くなっていく。

 走り始めたら、もう死んだ気になるしかない。両手両足を突っ張り、車が上昇するのに合わせて、血液を脳に送り込んで意識を遠ざける。
 失神寸前に、銀河の夜空へ飛び出して行った。強い横Gに逆らうように車体が倒れる。「なんだ、バイクと同じじゃねぇか」と思えば平気な筈だったが、針生は脳に溜めた血液を天井に置いてきてしまった。

 「うわぁ奇麗だねぇ」と後ろの女子高生が平然と会話しているのに驚きながら、「そうか、遠くの景色を眺めりゃいいんだ」と悟った頃にはもう終りだった。

 「何だ、物足りない」

 ようやく血が降りてくると、地に付かない足の震えを止める為に針生は強がったが、鼓動がほとんど繋がって聞こえる。

 「さぁ、次行ってみよう!」

 跳ねながら「スター・ツアーズ」へ向かう瞳が宇宙人に見えた。

 「次のは、ただ座って画面を見るだけだから大丈夫だよ」

 針生はもう、瞳の言葉には裏がある事は知っていたが、ヤケクソな気持ちで発射台に格納されたロケットに乗り込む。
 確かに画面を見るのには違いないが、効果音とともに画面と連動して強烈なGが部屋全体を襲う。前後・左右・上下、360度あらゆる方向に揺られ、胃の中がグチャグチャになる。
 ヘリコプターの操縦士に憧れている針生は、トップガンになる為の訓練だと言い聞かせて必死に耐える。「もうダメだ、死ぬ~!」という所でやっと止まった。

 「なんとか頑張ったでしょ?」と瞳の顔色を窺うと「そうね」とそっけない返事。針生をイジメる為に過激コースをハシゴした瞳も、実は気分が悪くなって後悔していたのだ。
 外へ出ると、丁度、エレクトリックパレードが通るところだった。興奮を静める必要があった二人は、寒さに震えながら、最後まで見ていた。
 すでに閉園時間が迫っていた。あっと言う間に一日が終わった気がする。遅刻した割には満喫できたが、乗りそびれた物もあるし、体調を整えて落とし前をつけにまた来なきゃならんな。

 韓国大統領の来日で環状線が封鎖されていたので、下道で帰る。夕食を取っていない事を思い出してレストランに入ったが、伸びきったタラコ・スパゲティの大盛に襲われた瞳は、急激に胃が痛くなってしまった。寒さを我慢したせいだと瞳は弁解したが、針生には分かっていた。「スター・ツアーズ」の後遺症だという事を。

 「ワシの勝ちだ」

 どっちが勝ったとか、そおゆう問題じゃないんだが、優越感に浸る針生を見ると瞳は悔しくてしょうがなかった。しかし、マジで具合悪くて言い返す気力は無く、車がスタートすると同時に眠りについていた。口を開けたまま眠る、瞳の寝顔は子供みたいだった。

 瞳が長い長い「スター・ツアーズ」から降りると、自分のベッドだった。ディズニーの魔法が解け、針生は消えていて胃だけが痛む。

 「強い女を演じるのは無理なのかも知れないわ」

 次はもっとしおらしい役でハッピーエンドの夢を見ようと、瞳は再び深い眠りに落ちていった。
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by HarryBlog | 2008-11-13 07:08 | Bubble | ↑Top  
類友
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 プロジェクト自体はもっと長かったが、針生が火消しに呼ばれてさらに油を注いでからでも半年以上、ようやくケリが付いた。既に次の仕事のオファーが入っていたが、束の間のオフを楽しむことにした。ヒゲを伸ばし、好きな時間に起きてやりたい事をやる。溜まっていた新聞・雑誌を丹念に読んで世界の動きを把握し、自社の戦略を練った。ゴルフの練習に疲れると、夜は国分町で呑んだ暮れる。人間にはこういう時間が絶対に必要だと強く感じる。

 加藤昌典の会社とはもう直接関係してはいなかったのだが、ビルのロケーションが国分町にほど近いってことで、用も無いのに顔を出しては昌典や奥寺優子の仕事の邪魔をして、日が暮れると昌典と繰り出すのが日課となっていた。

 昌典は元々技術員として入社したのだが、針生もサポートとして在籍したショールームのオープンに伴って転属となり、販売促進ということで半ば営業みたいな仕事をしていた。しかし、昌典の会社では営業専門の研修を終了した者と一般職はキャリアパスも給与体系も異なる。収入を増やし、上の地位へ進む為に1年間の研修を受けて営業職になろうと決意した。

 変われば変わるものである。リーゼントにサングラスという高校生のノリのまま顧客のコンピュータを壊していた入社当時には考えられない事だった。飲む・打つ・買うは何でも来い、出来ないのは仕事だけという不良で、いつクビになってもおかしくはなかった人が、である。

 もっとも、営業研修を受けたからと言って、遊び好きが治る筈は無い。収入が増える分、遊びも大きくなるだけなんだが、まぁ遊びをとったら何も残らない人だから仕方が無いか。

 1ヶ月の半分は東京で研修という生活が始まった。品川プリンスに泊まり込み、一回り年下の新人達とお勉強である。人生経験は豊富だったが、今までまともに勉強したことなどなかった昌典にとっては良い機会だった。真面目にやればパニック癖も治るかもしれない。

 「あの昌典さんが缶詰でお勉強だってさ」

 という針生からの報告を聞いた瞳はこっそりホテルを訪れることにした。勉強に厭きてきた昌典は突然の来訪を喜んだが、情けないことに 160 円しか手持ちが残っていなかった。会社の費用で勉強に専念していて、なぜ金が無くなるのか不思議だ。

 瞳に電車賃を借りて無事に金を下ろした昌典と呑みに行く。お喋りな瞳は問われもしないのにベラベラとここ数ヶ月間の出来事を洗いざらい自白した。

 「へぇー、あのハリーとねぇ…」

 針生が瞳を気に入っていたのは最初の日から明らかだったが、自分が知らない間に勝手に進展してるってのはなんか悔しい。それに、瞳がハタチの頃から知っている昌典から見ると、よりによって針生かよ~ という思いもあった。

 「昌典さんに全部喋っちゃったからね」

 針生が昌典にからかわれるのが楽しみな瞳は愉快そうに電話してきた。

 うぁ、なんという事をしてくれたんだ! 針生は新車を発注して上機嫌だったのに冷水をぶっかけられたようなショックだった。「いや、たまたま東京出張だったんで電話してみたら呑もうってことになって…」などと早くも弁解の言葉を思い浮かべてみたが、落ち着いてくると、どうして昌典さんに言い訳しなきゃなんねぇんだよ、と開き直ってきた。それよりも、自分から言いふらすってことは猫がワシの家に居着く気になったと解釈していいのだろうか?

続く
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by HarryBlog | 2008-11-11 23:49 | Bubble | ↑Top  
衝動買い
頭数合わせ繰り上がり値踏み遠距離萌芽個別研修単調子チョロQ

 楽しかった瞳とのデートの余韻に浸りながら東北縦貫を北上する針生。気分は良かったが、やはりチョロQでは若くない身体に堪える。バブリーな同級生達への対抗心も起きてきたし。

 「ワシだって、その気になればクルマぐらい買えんだよ」

 奴らの上を行く為にセルシオでも買おうかと思ったが、たかがクルマの為に一所懸命働かなきゃいけなくなるのはどう考えてもバカらしいので、クラウンあたりで許してやることにした。

 翌日、早速トヨタへ行って見積りを貰う。なんだよ、最高級の4リッターV8をフル装備するとセルシオとあまり変わらなくなっちゃうじゃん。先日乗せて貰った 3000 のロイヤルサルーンでも諸経費を入れると 450 万かぁ。

 針生は、クルマに詳しい hito に電話して相談してみた。彼は針生らしくないミーハーな考えを笑った。「クックック… さては隣に乗せたい女ができたな?」 ドキッ! さすが無数の女を騙してきた詐欺師である。

 「クルマには価格やメーカーが決めたグレードとは別に"格"という物があるんだよ。誰もが買える車は低級。中級は普通の人から羨ましがられる車。判る人にしか判らない車に乗るのが上級者なんだ。クラウンなんて中級から低級に落ちようとしているクルマだよ。外車やセルシオならともかく、国産で選ぶんだったら、ニッサンのマキシマなんかが通好みだぞ」

 マキシマという名前は知っていたが、最新モデルを見たことは無かった。日産へ行って試乗してみると、確かにシブい。SOHC ノンターボだが、スポーツカーを買う訳じゃないので、静かで滑かな3リッターV8に針生は満足した。なにしろFFならではの広さと、日産らしからぬ内装のシンプルさが気に入った。ほとんど乗ってる奴が居ないってのも良い。

 「これください」

 針生はもう注文していた。クラウンに比べるとかなり割安なんで、一度ゴネただけで 18 万の値引で手を打った。

 「え? このまま乗って帰れるんじゃないの?」

 クルマってのは普通そういうもんである。

続く
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by HarryBlog | 2008-11-10 23:56 | Bubble | ↑Top  
チョロQ
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 ゴールデン・ウィークも当然仕事だと覚悟していたのが、思いがけず休みが取れた針生は、天気も悪そうだし、ここ数ヶ月は世の中の動きから取り残されていたので、読書をして、ビデオを見て、のんびり過ごすことにした。

 1ヶ月分眠った。夕方に起きて死ぬほどメシを食い、瞳に頼まれていた「ランバダ」を録音していたら、同級生の DEBU から電話が入った。

 「明朝6時にガレージに集合。 遅れないように!」

 針生が来るのは当然という口調で一方的に切られてしまった。奥多摩あたりでバーベキューをやるらしい。

 「ワシゃ休養するんだから、勝手にやりなさい。 どうせ明日は雨だぜぃ」

 無視して眠ろうとしても、ついさっきまで寝ていたので眠れる訳は無かった。連休中どこにも行かないのってのもナンだし、天気は微妙で、自分が行かないまま楽しまれるのも癪に障る。

 「ええい!面倒臭え!」

 結局は行くことになるのである。子供の頃、「ご飯だよ!」と呼ばれながら、寝た振りをしていたら二度と呼ばれなくて食いっぱぐれた経験から、誘いを断ることに異常とも言える恐怖を抱いていた針生であった。

 チョロQにとってはとてつもなく長い道程を東京へ向かった。予想された通り、那須あたりから強い雨が降り出し、まるで意味の無い苦労をしていた。騒音と振動で眠くなる心配は無かったので、針生は瞳の事を改めて考えてみた。

 瞳は顔は犬でも心は猫だった。猫にしては愛嬌があったので皆が世話をしようとするのだが、飼われているなどとは毛頭考えてもおらず、居心地の良さを求めてすぐにどこかへ行ってしまう。痛い目に合って帰って来ることもあるが、それっきりのことも多いらしい。
 針生は根っからの犬だったので、猫の気持ちなどまるで解らなかった。最近はウチに入り浸っているから、自分が飼っていると思いたかったが、単なる気まぐれかも知れず、堂々と「ウチの猫です」とは言えない。居心地は良い筈だと自惚れているものの、早く鈴をつけないといつ逃げられてもおかしくはなかった。

 夜が明け、都内へ入る頃には薄曇りになった。集合場所へ着くと、センチュリー、クラウン、マークⅡ、スカイラインと皆いい車に乗ってやがる。道玄坂の板前までがアコード・インスパイアの新車を見せ付ける。さすがバブル全盛である。

 親戚の家業を立て直す為ということもあって軽で我慢していた針生だが、隣に瞳を乗せるとなるとやはりチョロQではちょっとなぁ…

 ところが、瞳は見た目の派手さの割にそういうところは頓着しなかった。自分はブランド物が大好きだったが、だからってそれで持ち主を評価したりはしないし、そもそもクルマってのはただの移動手段でしょ、ぐらいの感覚だった。いや、実際にこれで東京~仙台なんか乗せられてみたら考えも変わるだろうがね。

 翌日も雨だった。突然の上京だったので瞳には知らせていなかったが、電話をしてみると雨の所為で友達との約束を延期した瞳は、今日は空いていた。

 「家に来るまでにプランを考えておくように」と命令された針生は、途中で情報誌を買って準備したのだが、瞳に認められるような良い案は浮かばなかった。

 実家の近所でウダウダやっていて、「細川の御令嬢が宮城ナンバーのチョロQに誘拐された」などとウワサされては迷惑なので、瞳は乗り込むとすぐに葛西臨海公園へ向かわせた。数年前にオープンしたのだが、まだ行ったことが無かったのだ。
 道は空いており、この分では皆都内から脱出したのだろうと思ったのだが、これは甘かった。水族館に並ぶ行列の長さに驚いた二人は、人工の渚で海風を感じただけで帰ってきた。

 深川の木場から越中島・月島・晴海・築地… 針生が 10 年ぐらい前にトラックの運転手をしていた頃よく走った場所であるが、その変わり様に驚く。下町のゴチャゴチャを抜けると何にも無い埋め立て地が広がり、道路でレーシングカートの練習をやっていたような所だったのが、今ではウォーターフロントなどと呼ばれて流行っているらしいことが可笑しかった。

 針生は、何かの雑誌で知った「アマゾン・クラブ」というブラジル料理店へ行ってみたかった。
 浜離宮の裏の筈だが、竹芝桟橋との間にそんな店が有りそうな気配は全く無い。多分、ロフトのように外見はただの倉庫のようになっているとは思うが、とにかく見える範囲には何も無い。諦めて交番で聞いたが知らないという。
 「ピア」を良く捜すと載っていた。電話すれば早いのだろうが、住所さえ判れば針生のものである。ビルの間の私道に入って行き、一軒ずつ番地を確かめる。

 「5・4・3・2・1・ゼロ!」

 危うく通り過ぎてしまいそうになったボロ小屋が目当の店だった。看板もツタでも這っているようにしか見えない。

 まだ開店前だったので、時間を潰す為に暴走族の社交場だった大井埠頭へ行ってみた。公営賭博からゴキブリのように溢れ出てきた労務者で混雑する中を逆に歩いて行ったが、海の見える場所には入れないんじゃん。などとやってるうちに丁度良い時間になっていた。

 陽が落ち、暗闇の中に浮かび上った緑のネオンの下、重い扉を明けて2階に登るとジャングルだった。サトウキビの焼酎「ピンガ」をレモンで割った「カイピリーニャ」を呑みながら、シュハスコ・パステル・ヤシの芽といったブラジル料理に舌鼓を打つ。日本人向けに洗練されてはいたが、針生には懐かしい味で満腹になった。

 いい塩梅に出来上がった二人は再び埠頭へ行って休む。普段は犬の針生も今夜こそは狼に変身するつもりだったが、瞳は赤ずきんを被ってトボけていた。そこへまたお約束通りにハイビームにしたパトカーが近付いてきた。 やべっ、ワシゃ世祓いだぞ…

続く
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by HarryBlog | 2008-11-10 06:42 | Bubble | ↑Top  
単調子
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 降りしきる雨の中、瞳は傘もささずに歩いていた。

 「なんで私だけが....」

 これから夜の仕事だった。こんなに必死に頑張っても、せっかく稼いだ金は、失くしてしまったコンタクトレンズ代に消えてしまうのだ。自分が蒔いた種だと言われればそれまでで、義務感だけが足を急がせたが、思わず涙が滲んできて誰かに当らずにはいられなかった。

 「あいつのせいだわ。」

 針生である。たまたま出張先で一緒に飲んだだけなのに、勝手に人の中に上がり込んできて、身も心もボロボロにされてしまった。「負けるもんかい」と突っ張ってみた結果がこれである。許せない。

 確かに頑張れば自分が成長するというのは判る。だけど女の子にはもっと楽な生き方もある筈だった。瞳は世渡りは上手な方だったが、周りにはもっとしたたかな女たちも多かった。ときどき、マトモ過ぎる自分の神経が疎ましく思える事もあった。でも、自分に誇りを持っていたかったから、全てを割り切って考える事にも抵抗があった。

 そんな瞳にとって、針生は何でも話せるので思わず電話してしまうのだが、針生がお釈迦様だとは到底思えず、いつまで優しさが持続するか、「振ってあげる」タイミングを見極める必要があった。



 針生は、煙草を吸う為に客先の電算室を抜け出した。もうイヤになってきた。

 毎日同じメンバーとしか顔を合わさず、端末に向かって独り言をつぶやいていると暗くなってくる。こうなることは見えていた筈なのに、結局成り行きに流されてしまった。

 「もう少し我慢すれば、オフだ! 遊ぶぞ!」

 瞳が今のスケジュールをこなしたら、ご褒美にディズニーランドへ連れていく約束になっていた。本当なら針生はカメを助けたのだから、竜宮城へ招待されても良い筈なんだが、「漏れ無くお姫様がついてくるんだから、いいでしょ!」という言葉に騙され、驕らなければならないハメになっていた。

 一応抗議はしたのだが、針生を言いくるめるなんて瞳には朝飯前だった。



 「レジェンドという言葉は、車の名前にもなっているように伝説という意味ですが、他に凡例という意味もあるんですよ。」

 英語学校の生徒達は尊敬の眼差で瞳の説明に聞き入っている。実はテキストには全部カナが振ってあるなんて、とても言えない。

 「フフン、こんなの楽勝よ。」

 瞳は鼻高々だった。さっきまでの落ち込みは何だったのだろうか?

 偶には人並に悩んでみたかっただけなのかも知れない。瞳は実戦で力を発揮するタイプであり、舞台に上ってしまえば女優になりきれる。

 「この調子で九州巡業まで突っ走ろう!」

続く
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by HarryBlog | 2008-11-09 21:55 | Bubble | ↑Top  
個別研修
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 「私、仕事に殺される!」

 留守番電話に録音された瞳の悲愴な声を聞いて、針生は慌てて電話する。元気が服を着ているような瞳しか知らなかったから、焦った。

 秋にヨーロッパへ旅行するつもりの瞳は、4月は稼ぎまくり月間にすると宣言して、次から次へと入るスケジュールを必死にこなしていたが、ついにメモリーがパンクしてしまった。
 もともと記憶容量が小さ過ぎた。PC が世に出てから5年ほど、ずっと触っているから昔のソフトならば目を瞑ったままでも教えられる。ところがムーアの法則による進化は速過ぎて生身の脳味噌はとても追い付けない。どうせ誰も使うことの無い無駄な機能でも、質問されれば答えられるようになっている必要があるからと、昼も夜も働いた上に新しい機能も覚えていかなきゃならないなんて無茶だった。おまけに今度は英語版ソフトのセミナーまでやれだとぉ?

 「皆が鍛えてくれてんだよ。ここで頑張れば必ず自分の為になると思うよ」

 針生は他人事のように言ったが、実は自分も同じ立場だった。「今月だけだぜ」と言いながら、もう4ヶ月も異常な生活が続いていた。頼まれるとイヤとは言えず、請けたからにはきっちり納めるのはプロとして当たり前であるが、単に脳味噌まで筋肉でできていて、体育会系の理不尽な世界が好きってだけなんじゃないかとも思えた。

 「じゃ、助けに行くことにしたぞ!」

 「えっ? どういう事? いったい何を言ってるの?」

 瞳は針生の言葉の意味が分からなかった。自分で解決しなきゃいけない問題だという事は十分承知していて、ただ悩みを聞いて貰って、背中を押して欲しかったのだ。
 針生は、駆け引きなどは下手っぴぃだが、真性のアホなら自信があった。まだ余力があるから悩むんで、そういう時は何も考えずにまず動いちゃうのが一番と信じていた。

 と言っても、瞳の仕事内容をまるで知らない針生が何を助けられるんだ?

 「明後日東京へ行く。一緒に予習しよう」

 そう言って電話を切るとパソコンに向い、翌日の仕事を始めた。もともと時間が足りないので終わる筈もなかったが、翌日客先へ行ってからもそのまま突っ走って、なんとか1日空けても言い訳できるぐらいには片付けた。ってか、普段からそうやってりゃもっと楽なんぢゃね?
 さて次は瞳が担当するソフトウェアのお勉強。日本語版のマニュアルを借りてきて通読すると、基礎知識は有るのですぐに概略は掴めた。しかし、細かい機能や操作などを覚えるのは大変だった。ほとんど眠らずに新幹線に乗り、大宮に着く頃にはなんとか一通り理解したつもりだったが、相手はその道のプロなんである。とりあえずプロと会話ができるぐらいになったというだけだった。

 池袋の駅前で英和和英辞書を買って、ホテルメトロポリタンへ向かった。館内は暑く、睡眠不足で持病のムチ打ちが悪化した針生は、頭へ昇った血が戻らないままソファに座りボーッとしていた。周りは東南アジアや中華系の言葉が飛び交う不思議な雰囲気だった。
 渋滞で遅刻した瞳が謝りながら近付いても虚ろな目で眺めるばかりだから針生が怒ってるのかと思ったが、単に焦点が合っていないだけだった。針生はそんなことでは怒らない。アテネくんだりまで呼ばれて行ったのに「本当に来ちゃったの? バッカだねぇ!」と言われたって平然と流せるような男なんである。

 コーヒーショップで研修が始まった。瞳は英語のテキストを手渡してカナを振れと言った。難しい質問を覚悟してきた針生は拍子抜けして、「あのぅ、これでも徹夜で必死に勉強してきたんですけど…」と言いたかったが、瞳の笑顔を見ると何も言えず、素直に従った。

 2時間ほど真面目に予習すると、もともと日本語版なら知識はあった瞳はすっかり自信が戻ってきた。律儀に最後までやろうとする針生に「もう疲れたから遊びに行こう」と言ってさっさとテキストを仕舞ってしまった。今日は横浜へドライブに行こうと決めていたのだ。

 針生が運転して渋滞する環状線から横羽線へ抜けると、ようやく快適に走れた。元気な姿に戻った瞳とのおしゃべりは楽しかったが、さすがに眠気が襲ってきた。
 そんな針生の目を覚まさせたのが開通したばかりの横浜ベイブリッジだった。大黒埠頭・横浜駅・桜木町・山下公園から遠く横須賀の町まで一望に見渡せた。感激屋の針生は運転席で飛び跳ねている。おのぼりさんで、高い所から広大な景色を見るのが好きなのだ。しかし、橋に入ると事故防止の為だろうが、目隠で遮られたまま、あっけなく本牧に着いてしまった。

 「まぁ、帰りに夜景を見るのを楽しみにしておこう」

 イモを洗うような中華街で適当に入った店はあまり旨くなくて失敗だったが、港の見える丘公園へ登って行き、外人墓地から山手の高級住宅街に抜ける洒落た町並を走り、「ドルフィン」で夕焼けを見ながら瞳のおしゃべりに耳を傾けるといよいよデートっぽくなってきた。

 「なるほど、世間のカップルってのはこうやって愛を育んでいくのかぁ」

 すっかり暗くなってからまた橋に乗った。高速道路の筈であるが、皆クルマを止めて夜景を見る為に降りる。そしてすぐ寒さに耐えきれずに戻っていく。針生と瞳がクルマに戻ったとき、名物のライトアップで橋桁が青白く浮かび上った。幻想的なムードの中、何故か二人とも心臓がバクバクしてきた。というタイミングで、ルームミラーが赤く点滅したかと思ったらスピーカーががなり立ててきた。 「すぐにクルマを移動しなさい!」 はいはい。

続く
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by HarryBlog | 2008-10-05 23:48 | Bubble | ↑Top  
萌芽
頭数合わせ繰り上がり値踏み遠距離

 瞳は、東京での仕事が終わってから新幹線に乗ったので仙台に着いたのは8時頃になってしまったが、予め電話して誘っておいた奥寺優子との待ち合わせ場所に、仕事先の菓子屋からビスケットを定価で買わされた針生も来たところだった。
 たまたま優子にホワイトデーのプレゼントを持ってきたソフトハウスの SE 石川義進も連れてトナカイを食べに行く。石川は針生が優子の居るコンピュータメーカーのショールームで働いていた頃の同僚でもある。
 生憎、おばさん軍団の宴会で混んでいて、カウンターに縮こまって飲み始めた。何故か、優子・瞳・石川・針生という順に並んでしまって面白くもなんともない。
 石川はトナカイの食べ過ぎで鼻が赤くなっていたが、今年もクリスマスが来なくても言い訳ができるように、残ったトナカイも一人で食べてしまった。

 満腹になり、夜はこれからだと思ったら、石川と優子は帰ってしまった。 おぉ? 今年は石川にもクリスマスが来るだろうかね?
 などと、他人の心配をしている場合じゃない針生は、瞳をカフェバー風のカラオケ屋に連れて行って必死に口説いたのだが、瞳は適当にあしらった。

 「いくら出張中とは言え、どうしてホワイトデーにこんな変な人と一緒にいるのだろう?」

 瞳は、針生が検討対象になりつつあることを認めない訳にはいかなかったが、もうしばらく様子を見ようと思っていた。インストラクターとして旬な今は頑張って稼いで、まとまったお金ができたら海外旅行でもして人生についてじっくり考えよう。

 翌日、針生は数年ぶりに訪れたハッピーバースデーを期待して仕事先から帰ってきたのだが、何度ホテルに電話しても瞳はずっと不在だった。CD でもプレゼントするつもりだった瞳は、仕事を終えると同じインストラクターをしている中島の奥様と一緒にレコード屋を探しに街へ出たのだが、見つからないままお腹が空いてきたのでそのまま二人で呑みに行ったのだった。一応針生の留守番電話にはメッセージを入れておいたが、不良妻と話が盛り上がるうちに針生の事などすっかり忘れてしまった。
 「まぁ、こんなもんか」と針生は思いながら、悔しいからホテルのレストランで呑みながら待ち伏せすることにした。もうほとんどストーカーである。
 真夜中にホテルへ戻った瞳は、ロビーから見える席に座っている針生を発見して驚いたが、もう食欲もお喋り欲も満たされていて、後は睡眠欲だけだったので、針生を邪険に追い返す。
 泣きながらトボトボと家へ帰った針生に、瞳から電話が入った。「日付変わっちゃったけど、おめでとう! 明日 CD あげるからね」 うぁ、こりゃ効きますなぁ。
 手練れと言うよりは天然なのだろうが、どっちにしろ針生なんかが敵う相手ではない。翻弄されながらも、そんな彼女の術中に填るのも悪くはないかと思い始めていた。

続く
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by HarryBlog | 2008-10-05 12:03 | Bubble | ↑Top  
遠距離
頭数合わせ繰り上がり値踏み

 細川瞳は大阪に居た。

 「なかなか面白そうな街じゃない」

 生まれて初めて来たのだが、まるで地元の人間のように一緒に出張した人達を案内していた。関西の方が、ずうずうしく、トンチンカンな瞳に合っているのかも知れない。
 街で知り合ったおじさんとカニを食いに行った後、ワインを2本空けてカラオケを20曲ほど歌うと、さすがにクラクラしてきた。添乗員としては皆の前で潰れる訳にはいかず、キタもミナミも判らないまま、頑張ってホテルまで歩いた。

 部屋へ戻ると緊張が解け、風呂に入ったとたんに急激に酔いが回ってきた。しばらく風呂で眠っていたが、気分が悪くなって出た。

 「なんで、こんな辛い思いをしなきゃなんないのよ」

と思うと、誰かに怒りをぶつけたくなってきて、仙台の針生徹に電話した。

 「大阪に居るから、電話してちょうだい」

 針生は先週、東京で最初のデートでいつものように酔っ払って瞳を怒らせてしまったので落ち込んでいた。しかし、挽回策を考える事も面倒臭くなって放ったらかしていたので、突然の瞳からの電話に感激した。
 言われたままに番号を回し、一方的にまくしたてる酔っ払いのタワゴトを聞きながら、「なんだ、そんなに怒ってねぇじゃねぇか」と安心するとともに、遠く大阪に居る彼女と繋げてくれる電話ってのはなかいいもんだと電話嫌いを改めようと思った。

 針生は会社を設立したばかりだった。定款にはコンピュータソフトウェアの設計となっていたが、何をするかはこれから考えるつもりだった。東南アジアの踊り子さんを斡旋する人身売買でもやろうかと考えたが、実際は自分が売られていた。
 既にバブルは弾けつつあったのだが、好況時に売り込んだ案件の開発が目白押しであり、針生のようなフリーランスも引く手数多でその日のうちには帰らない生活が続いていた。
 電話の良さを知ってしまった針生は瞳の寝入りばなを叩き起こすのが楽しみな日課となる。他愛ない会話で気分良く眠りに就くと、今度は瞳からお返しに掛かってきて起こされる。というアホな応酬にお互い疲れて電話を切る頃には夜が白み始めている。

 針生はそんな生活を楽しんではいたが、さすがに睡眠不足が続くと堪える歳になってきたし、社長が売られているようじゃ会社として先が見えない。これからどうやって凌いでいこうか、世界最大のコンピュータ会社に居る加藤昌典に相談に行った。ところが、昌典はそれどころではなかった。4月に会社の報償旅行で生まれて初めて海外へ行くのでパニックになっていたのだ。

 「こりゃダメだ…」

 昌典は、いつもは楽しくていい人なんだが、パニクるとどうにもならなかった。酔っ払った針生より始末が悪い。針生は悪い時に来てしまったと後悔した。
 その時、昌典に電話が入った。昌典が針生を見ながらニヤニヤして話しているので、針生はすぐに相手が瞳だと判った。東京での失礼デートを報告しているようだ。
 3月もまた仙台へ来る事になったらしい。昌典はまたも出張だったし、タケ坊こと竹下繁は逃げるようにスケジュール表に「東京研修」と書き込んでいる。よっぽど顔を合わせられない事をしたのだろう。

 「ざまぁ見やがれ 君達は縁が無いんだよ」

 おまけに、瞳が来るのは針生の32回目の誕生日の週である。それにしても、2月はバレンタインに来て、ホワイトデーにちゃんと回収に来るところはさすが瞳だった。

続く
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by HarryBlog | 2008-10-04 22:57 | Bubble | ↑Top  
値踏み
頭数合わせ繰り上がり

 「来週出張で上京するんだけど、どっかで会えませんか?」

 出張ねぇ。 ま、そこは自由業、自分で申請して自分で許可するんだから自由自在である。いや、大企業のサラリーマンの方がもっと自由で、金曜や月曜に研修を入れて週末遊びまくるのが普通であり、期限内にきっちり仕事をこなさなければ金を得られないフリーランスの方が実は不自由なのかもしれないのだが。

 「いいよー いつ? どこで?」

 「土曜日なんだけど、渋谷辺りでどうかな?」

 「げ! 土曜?」

 企業向け研修のインストラクターである瞳は平日ならば都内のどこかへ出ており、17 時には終わるからどこの呑み会でも参加できる。しかし、土曜となると話が違う。休日に練馬の田舎からわざわざ出て行くほどの相手かぁ?

 「いや、旨い魚を食わせてくれる店を知ってるんだ」

 「ふぅむ…」

 瞳の心が揺らぐ。食べ物で釣られるのは癪であるが、和食好きなのだ。毎晩あっちこっち呑み歩いてはいても、同業の子や誘ってくる男が選ぶのは小洒落た洋風の店が多く、それはそれで嫌いじゃないけど、本来は刺身に冷酒ってのが最高の幸せなんである。

 「わかった、じゃ6時に」

 ハチ公と同じく忠犬のように待っていると、クラクションを鳴らしながら交差点脇に停めてくる白いクルマがあった。そう言えば昔はこの辺りをよく流したもんで、公園通りとかで休んでるとこうやって後輩が挨拶しに停めてきたっけ。でも今日のはノーマルのランサー、運転しているのはちょっと派手目だけど普通のOLっぽい。あれ?

 「東急へはいつも来てるから、そこの駐車場へ入れるね」

 クルマで来たってのは何か意味があるのか? 東急本店から道玄坂へ抜ける道を歩いて登りながら針生は訝しんでみたが、刺身を期待する瞳はルンルンにしか見えない。右へ入れば円山町なんであるが、まだ空は明るく、横を歩く女性も底抜けに明るく、酒が入る前の小心者はおとなしく道案内するしかなかった。

 「お? どしたの突然?」

 親方は針生が高校時代に入り浸っていた社交場の主宰者で、中学の同級生とツルんでアホの限りを尽くしていたが、料理の腕は確かであり、築地で選んでくるネタもちょっとそこらでは食えない物も多く、和食好きの娘に自信を持ってお薦めできる店だった。
 奴のお任せ料理と瞳の機関銃のようなお喋りを肴に針生はひたすらビールを呑む。当然ながら会話の 99% は彼女が喋っている時間であり、いい加減酔っ払ってきた針生が入れる相槌が不思議とリズムが合うのか、コロコロと笑いながら止めどなく言葉が繰り出される。
 なるほど、クルマで来たのは美味しい料理とお喋りさえあれば酔えるからだね。瞳の満足そうな顔を見ると店の選択は間違っていなかったようだ。一次審査はパスできたかな?

 「うぉーっす!」

 うっヤベぇ、水道屋だ! こういうリスクは計算に入れてなかったぞ。

 「じゃ、そぉゆうことで…」

 と、針生は席を立とうとしたんだが、水道屋の好奇の目から逃れられる筈も無かった。さすがに 30 にもなりゃバカな事件も起こさないだろうが、奴と一緒のペースで呑むと針生の方がヤバいのだった。いや既にそのままでも十分ヤバそうであったが。
 そんな同級生達の遣り取りに最初は驚いていた瞳だったが、水道屋は女好きなだけあって会話が巧みで、お喋りな彼女はすぐに乗せられていた。二人の会話を聞きながら針生はまたひたすら呑む。 危険です。もうやめとけ!

続く
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by HarryBlog | 2008-08-13 21:14 | Bubble | ↑Top  
繰り上がり
頭数合わせ

 4人は、でっかいおにぎりが売り物の居酒屋へ入った。ビールを水のように呑む針生を見て、瞳は安心した。呑んべに悪い人は居ない。
 やがて、優子が時間切れで帰った。タケ坊は、針生も一緒に帰ればいいのにと思ったが口には出さず、次の店で酔い潰れるだろうと諦めた。

 一方、瞳は昌典との約束の時間を気にしていた。

 「わたし、加藤さんと約束してるの」

と言って帰ろうとしたのだが、タケ坊が狙った獲物を離す訳が無い。結局ホテルまで一緒に来てしまった。すでに相当酔っ払っていた針生も訳が判らないままついていった。
 途中、変なオッサンにからまれるシーンもあったが、針生は間に入って話を付けてくれた。こういう時は頼りになる男だった。
 まさか男二人を自分の部屋に入れる訳にもいかず、ロビーに待たせて瞳は一旦部屋へ帰り、いつも持ち歩いているチンザノのボトルをあおった。

 秋田に居た昌典は、心配で仕事など手につかず、最後は放っぽり出して帰ってきた。息を切らせてホテルに入ったとたんにタケ坊の顔が見えて心臓が凍る思いだったが、隣でイビキをかいている針生に気が付くと安心した。この状況なら何も起こっていないだろう。
 4人で改めて呑みに行った。これではタケ坊も諦めるしかない。ヤケになってカラオケを歌いまくった。だが、チンザノが入っちゃった瞳と一眠りして元気になった針生の敵ではなかった。昌典は何の為に急いで帰ってきたか判らずちょっと頭に来ていたが、たくましく成長した瞳の歌を聞きながら笑顔を崩さなかった。さすが大人である。



 翌月もまた仙台での仕事が入っていた。今回は昌典も仙台に居ることを確認し、前日は早めにチェックインを済ませて仕事場へ顔を出す。優子はまたも用事があって一緒に行けず、何故かタケ坊は黙って帰ってしまった。既に契約切れとなっていた針生は行方不明と聞いていたのだが、不思議と呑みに行く時間になるともれなく付いてきた。

 ようやく昌典とゆっくり話ができた。人生について真面目に論議していた。インストラクターの世界も結構ディープな人間模様があるようで、酔っ払い針生も興味深く耳を傾けていた。

 昌典が先輩に呼び出されたので、皆でついていった。昌典は先輩と仕事の話をし、一緒に居た後輩の横河はバーのねぇちゃんと談笑している。タケ坊が居ないので代わりに針生が瞳を口説こうとしているが、瞳は無視してカラオケを歌う。もう何がなんだか判らんね。

 ホテルへ送っていく針生に瞳が呟く。

 「今日タケ坊さん来なかったでしょ」

 そう言えば、あんなに積極的だった奴がどうしたんだろ?

 「東京出張だからって一回六本木で呑んだのよ」

 あ、全て氷解した。勘違い君がしつこく迫って肘鉄食らったってことだね。

 「針生さんは大丈夫だよね?」

 えー。 大丈夫って言われても…

続く
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by HarryBlog | 2008-02-03 18:29 | Bubble | ↑Top  
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針生 徹

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