ITコーディネータ 針生徹 の blog
カテゴリ:Training( 4 )
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修行時代4: 販図
 前回まで:OJT

書きかけのまま3年近く放ったらかしにしてたこのシリーズを想い出させる記事があった。

ハンズは30年前から「ロングテール」だった!:NBonline

ワシが勤めていたスポーツ・輸入雑貨卸の最大顧客は東急ハンズだった。1978 年の渋谷店のオープンから2年ほど毎日のように通っていたので、この記事にあるようなマインドはワシの血にも染み込んできたことを懐かしく想う。

創業時から「手の復権」をコンセプトとしていたとのことだが、藤沢、二子玉川店は東急不動産の遊休土地を利用した平屋(二子玉は駅構内で一部2階もあった)で、見た目は一般のホームセンターの品揃えを多くした感じだし、客層も近所のおじさんおばさんが中心であった。

それを渋谷のど真ん中へ持ってきたのである。西武やパルコに押され気味だった東急が牙城を取り戻すべく選んだ場所なのかどうかは知らないが、かなりの勾配のある狭い土地に1フロアを3つのゾーンに分け、それぞれが独立した専門店のように配置して関連商品群をこれでもかというぐらい並べたのである。「ライフスタイル提案」を基本理念として。

これが当たった。プロやマニアの要求にも応えられる専門店としても評価されたが、それよりも特に目的も無く来店しても他には無い面白い物に出会えることが若者達を惹き付けたようである。確かに今のネットを徘徊するのと同じ様な楽しみがあるな。
 「売る」が大命題・基本であれば、当然「売れる」ことが商品を仕入れる際の第一義の命題になります。「売れない」ものを仕入れることなど、論外のはずです。
棚卸しの手伝いにも駆り出され、普段は接触の無いフロアの商品を数えたりすると、ホントこんなの誰が買うんだよ~というモノも含めてまぁよくここまで揃えるもんだと驚くが、色んなモノに詰まった英知に触れているうちに細胞が刺激され、それが自分の生活に入るともっと面白い人生になると思わせるのだろうな。
 しかし「提案」の場合は、「売れる」ことだけが命題ではなく、そこに「これを使ってほしい」や「これを知ってもらいたい」が加わります。
ハンズに口座を持っているウチの会社には毎日色んな商材の売り込みが来て企画や仕入には困らないほどだったが、置いて貰えるかどうかは「それを買うと生活がどう変わるのか?」を提案できなければならない。特にウチが扱うバラエティ商品などは不要不急の物ばかりであり、どんだけ夢を見せられるかが鍵だった。

で、ウチの社長などは年に2回ハワイや西海岸へ行ったり、夜な夜な青山や六本木で遊びまくって感性を磨いていたようだが、薄給のフリーターであるワシには真似できる筈もなく、ウチの商品買うぐらいなら 10ℓ でもガソリンを入れる方がよっぽどいいと思いながら、「カリフォルニアのセレブな若者達はこんな遊びを楽しんでますよ、やってみませんか?」ってな感じの餅を描いて売っていたのである。ライフスタイル提案ってのも楽じゃない。

詐欺師に成りきれないワシはやがて落ちこぼれていき、ブラジルから仙台へと流れ、扱うモノも味噌醤油からITへと脈略無く変遷してきた訳であるが、この「売るよりも提案」って姿勢は今もずっと続いてきておるのぅ。 人生に必要なことはハンズから教わった。 なんちて。
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by HarryBlog | 2007-10-15 18:50 | Training | ↑Top  
修行時代3: OJT
 前回まで:丁稚奉公

最初の数ヶ月は偏屈社長の鞄持ちの毎日であった。客先へ付いて行っても、ガテン系しかやったことなかったワシにとっては宇宙人の会話を聞いているような気分だった。

「これ面白そう、いくら?」
「上代ニッキュッパってところでしょう」
「そうだろうね。下代は?」
「ロクゴーでお願いします」
「う~ん…」
「ケースなら下から 5% ぐらいは返せます」
「エンド上段2フェースが限度なんで、とりあえず1ケースだな」
「ノベルティはこんなのがありますが?」
「ありふれてるなぁ。ポップはこっちで作るけど、目玉が欲しいね」
「いっそのこと ATC でも置いちゃいましょうか?」
「うん、そりゃいい!」

一つだけ関係無い言葉が含まれてるな。ダウトを探せ!

高校デビューした頃、危ないご学友の皆さんの会話もチンプンカンプンで、訊くとバカにされる雰囲気を察知して曖昧に笑って誤魔化しているうちに、意味が解らないまま自分でもしたり顔で使うようになっていたのを想い出す。

さすがに商売でそりゃまずいんだが、社長に質問すると「そんな事も知らんのか」と嬉しそうに説明する顔が悔しい。

まぁ、粗利の意味さえ理解しちまえば、後はいい加減というか、小売と卸の綱引きなんで、慣れてくると取り分に見込み販売数を掛けた金額が自分の給料と比べてどうかってなところを瞬時に判断するようになる。

流行り物なんて寿命はせいぜい半年、当然在庫など抱える訳にはいかない。給料と事務所の家賃という固定費は掛かるが、ほとんど売ってナンボだけなのである。そういう意味では単純だから言葉やしきたり等の覚えは早かった。

しかし、問題は感覚である。売れる商品の発掘と潮時の見極め、経験が物を言うが、それよりも資質に左右されるんじゃないかとも思う。

キャズムを超える頃にはもう逃げておかないとババを引くことになるから、とにかくフェースを取って短期に集中的に押し込む。てめぇらで煽るだけ煽っておいて一抜けたってのが儲けの基本なんだろうねぇ。

そう言えば、あの界隈に棲息していた人々と昨今のネット関連の起業家って似たようなところが多いなぁ。次回はこの辺りを考察してみよう。
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by HarryBlog | 2004-12-01 06:59 | Training | ↑Top  
修行時代2:丁稚奉公
 前回まで:岐路

今ほどではないが新興ブランドとして売れ出したナイキ、その製造工場であった台湾の会社が自社ブランドとして作ったジョギングシューズの日本での販売権を取得し、輸入から販路開拓まで一人でやってきた社長である。

早くに結婚し、子供も二人いる。二十歳の洟垂れから見ると、年齢差以上に大人だなぁという実感があった。しかし、ちょっとどころかかなり偏屈なんである。

自分一人で城を築き上げた創業社長はそういう傾向が大きい、というのは今でこそ沢山見てきたから知っているが、数社しか知らない当時は人を見る目なんてまだまだ頼りない。

ワシがそれまで勤めた所は大手の下請けであり、直属の社長よりも、発注元からの指示で動いているような感じだったし、仕事自体も定型的で、特に運送屋などは外へ出てしまえば独りだから、人間関係で悩むようなことも少なかった。

ところがここは3人しか居ない。毎日ツラを付き合わせてやっていくしか無いのだ。

社長はさすがに色んなことを知っているし、修羅場を潜り抜けてきた重みも感じる。だけど、こちらも同じように全て分かっているという前提で指示出すのは止めて欲しいな。なにしろ素人なんだぞ。手取り足取りとは言わないが、どうやって覚えていけばいいかぐらいは教えてくれたっていいじゃんかぁ。

営業に一緒に付いて回っても、雑談しているだけである。客先ではそれなりに愛想を振りまいておいて、事務所へ戻るととたんに不機嫌な顔になり、「今日の話に出てたアレ、調べて仕入れて来い」などと突然言われたって、どこから何を幾らで買えばいいのかさっぱり分からない。

どうやら、「最近はこういうのが売れてますね」というお店の人の話から、「そういうの」をウチでも扱おう、ということらしい。そんな雑談から商売のネタを作り出す能力を鍛えようとしてくれているのだな。とてもそうは思えないが。

今のようにインターネットがあれば楽だったろうが、当時の情報源はポパイやホットドッグなどの雑誌ぐらいで、後は実際に街に出てトレンドを掴むしか無い。そういう意味では遊びも仕事のうちみたいなところがあって、実際社長はいつも遊んでばかりいた。

人脈も豊富で、怪しい人達も含めて、狭い事務所に入れ替わり立ち替わり色んな人間が出入りしているのだが、彼等もまた情報収集に遊びに来ているのであり、実は商売敵でもあるのだ。

ワシは元々無口なお陰で迂闊に洩らす危険は少なかったが、流行り物は早い者勝ちであり、取引相手だろうが友達だろうが、抜け駆けや廉売は日常茶飯の世界なのである。

こうして OJT を重ねていくうちに、ワシも徐々に馴染んでいった。でも、複数の人から「君はお宅の社長によく似てるね。見込みあるよ」などと言われると複雑な気分だった。ああなっちゃうのかぁ?
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by HarryBlog | 2004-11-21 00:43 | Training | ↑Top  
修業時代1:岐路
世はクリスタル。マンションの一室を拠点に、アメリカから持ち帰った流行り物を扱うブローカーが跋扈する南青山。立ち並ぶビルの谷間に、骨董通りの名に相応しい古い二階建ての一軒家があった。

今では伝説となった輸入レコード店「パイドパイパーハウス」が1階にある。ここのオーナーは山下達郎のシュガーベイブや細野晴臣らのティンパンアレイ等 70 年代日本のニューミュージックシーンを牽引したグループのマネジメントや出版関連も手掛けた業界人で、その手の人達や鼻の利く音楽ファンが出入りしていた。

その店とは全く関連が無いのだが、そこの2階にワシに商売のイロハを教えてくれることになる小さな会社があった。

隣の食料品店との間に間口 1m ほどのガラスのドアがある。一人がやっと通れる急な階段を上ると八畳ほどの事務所になっている。簡易応接セットの奥に社長、手前に事務の女の子、もう一つ空いている机がワシの席となる。

台湾とのハーフである社長は三十歳そこそこである。中学の同級生の義理の兄であり、初対面では無い。

「勤務時間は 10:00~17:00、土日は休みだ」

今までやってきた肉体労働とのギャップに驚くが、それよりも沖縄出身の事務員のエキゾチックな瞳が気になるんですけど…

「一応ジョギングシューズ販売がメインなんだが、売れる物ならばどこへ何を売っても構わない。商品も客も自分で見つけてくるんだな」

う~む…このワシに営業をやれ、と。まして流行などには無頓着なワシに商品も探せだとぉ?

ジーンズにポロシャツというカジュアルな服装の社長はとても経営者にも営業マンにも見えず、この人がやれているのならワシにだって、と思ってしまったのが過ちの始まりであった。

こうしてワシは、とっても似合わない青山の街で二十歳の青春をおくることになるのであった。
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by HarryBlog | 2004-11-20 22:52 | Training | ↑Top  
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針生 徹

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