ITコーディネータ 針生徹 の blog
カテゴリ:Travels ( 47 )
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(3) スイス 1982.6.29 - 6.30
「次はパリへ行こう」

はいはい、5日も一緒に居ればこの人が思いつきで行動するってのは分かってきたよ。

ミラノからは 1,000 km 足らずだから1日で走れないこともないけど、二日酔いでアルプス越えってのはきつい。 地図を見ると、借りているクルマの名前と同じアスコーナってのが湖畔の別荘地のようなので、そこで体調を整えてから山道へ突入することにしようぜぃ。

マジョーレ湖の南端までは高速で 30 分ほど。 国境ではパスポートを見もせず、またもスタンプ無し。 湖の中に建っている城を眺めながら2時間ほど走るとアスコーナ着。

予想通り静かな保養地のようで、湖を一望できる山の上の高級そうなホテルを取り、水着に着替えて湖畔に降りてみるが、泳いでいる人はほとんど居ない。金持ちの年寄りがヨットやボートなどで優雅に遊ぶ場所らしい。日本を出てから1週間、ずっと移動していて、それはワシの性に合ってはいたけど、こういう風にゆったりと時が流れる中に身を置くのも必要だなぁ。

プライベートビーチのような浜辺に寝転んでいるうちに酒が抜けてきたのでフレンチフルコースの夕食時は当然のようにワインを味わい、部屋で西ドイツ対イングランド戦を見ていたが、ミスばかりで点が入らないから途中でそのまま眠りに落ちる。

さて、翌日はいよいよアルプスである。最初のうちこそ広大な斜面の奥に雪山が連なる、ハイジの世界のような景色もあったが、最高峰モンブランやマッターホルンのあるヴァレー地方とアイガー、ユングフラウ等のベルナー・オーバーラントの間の谷へ入ると両側が壁となって何も見えない。谷と言っても標高 600m ~ 1,000m ぐらいはあり、かなり肌寒い。

フランス語圏に入ってようやく高速道路があった。レマン湖沿いにモントルーからローザンヌ、そしてジュネーブまで一気に走り抜けたが、碧い湖面に映る対岸のアルプスはまさに絶景!

ここはもう一度行きたいなぁ。 湖畔を走る電車で一駅毎に泊まってもいい。 そして〆はもちろんモントルーでジャズフェスだよな。
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by HarryBlog | 2009-07-12 22:54 | Travels | ↑Top  
(2) イタリア 1982.6.27 - 6.28
EU どころか東西ドイツ統合前ってか未だ冷戦真っ最中であったが、陸路での西ヨーロッパ諸国間の国境は、高速の料金所通過みたいなもんだった。一応検問はあるが、赤いパスポートを差し出すと表紙だけチラっと見て受け取りさえしない。当然スタンプなんか無し。

ミュンヘンから南下してオーストリアを抜ける。もう国内の県境ぐらいの感覚。仙台から東京へ行くときに福島県を通るってのと同じ。数時間だけで通過しちゃったし。

ミラノに親父の知り合いが住んでいるってことで向かったのだが、出発したのが夕方4時ぐらいだったから、いくら陽が長い夏の欧州たって着くのは真夜中になりそうなんで、ヴェローナという街へ寄って宿を取る。

ロミオとジュリエットの街だそうで、恋人と来ればロマンチックなんだろうけど、珍道中には似合わない。それでも中世を冷凍保存したような街並みは、ヨーロッパへ来たなぁと実感させる。観光スポットが旧市街に集中しているので、翌朝1時間ほど散策して、ミラノへ。

ここは大都会だな。広さやビルの高さではフランクフルトやミュンヘンの方が大きく感じたが、こちらの方が密集している分、活気があるように思う。同じぐらいの高さ(数階~十数階)の建物が連なり、石畳のゴチャゴチャした道路に隙間無く駐車しているクルマ(ほとんどフィアット)やバイク、そして人も多い。ドゥオーモ(大聖堂)などの名所だけでなく、街全体が歴史を積み重ねてきた印象。

ちょうど昼時になったので、やっぱりこれでしょう、とピザ屋に入る。いやぁ美味しいんだけど…デカ過ぎた。ドイツのソーセージやポテトもそうだったけど、適量でないと飽きてきちゃうなぁ。

ドイツ語は 100% 理解不能だったけど、イタリアは初めてだと言っていたブラジル人リディア女史が店員と普通に会話しているのを聞いていると、これなら慣れればなんとか喋れるようになるかも、と期待させられる。語感も柔らかいし、リズムも心地良い。やっぱりラテン系の方がワシには合っていそう。 イタリアはえれぇ可愛い娘が多いしな。

ミラノと言えば、AC ミランとインテルのダービーが有名だが、丁度ワールドカップ開催中ってことで、探し当てた彫刻家豊福知徳氏宅で夕食をご馳走になりながらテレビ観戦。自家製ワインが美味しくてガブガブ呑んじゃったから、どこの試合だったか、勝敗はどうだったか全く覚えておらんのだけどね。
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by HarryBlog | 2009-07-05 20:55 | Travels | ↑Top  
(1) ドイツ 1982.6.23 - 6.26
初めての海外、しかも一人旅、という感慨も特に無く、梅雨空の成田を飛び立つ。

羽田空港でグランドサービスのバイトをしていたことがあるので勝手知ったる機内ではあったが、実際に飛ぶのは小学生の時に大阪から高知まで乗った YS-11 以来である。

厚い雲を抜けると快晴、当たり前のことではあるのだがこちらの方が驚きだった。

人生初の異国の地はモスクワ、まだソヴィエト時代である。と言っても、給油だけだからターミナルビルの中を散歩してお終い。まぁ周りが外人ばっかりで聞いたことない言葉が飛び交ってるってぇところに海外に出たという実感が湧いてきたかな。

再び雲の上へ出ると、もう 12 時間ほど乗っているのにずっと太陽が見える。追いかけているのか、追いかけられているのか、そろそろ朦朧としてきた頃にフランクフルト着。

a0008364_1154407.gif夜7時だってぇのに、なんだこの明るさは? 日差しなんて日本の夏の昼間と変わらないじゃないか。

ドイツに寄ったのは親父に会う為だった。日本ではほとんど接触が無く、よく知らない人であったが、ブロークンでも一応ドイツ語を喋れるらしいんで、最初の国では通訳兼ガイド代わりに一緒に回ることにする。

さてと。 確かケルンに居るんだったな。 ケルンと言えば、丁度開催中だったスペインワールドカップで大活躍することになるリティことリトバルスキーが所属する 1.FC Köln の本拠地である。ワシの少年時代だとヴォルフガンク・オヴェラートだがね。

フランクフルトからケルンまではルフトハンザ航空が運営する専用列車があった。現在では ICE (Inter City Express) という、TGV や日本の新幹線と並ぶ高速鉄道網がドイツ国内だけでなく EU 各国へ張り巡らされているが、当時のエアポート・エクスプレスは国内線の代替として西ドイツ国鉄からチャーターしたもので、シートなどの内装は飛行機と同じ、スチュワーデスが機内食などのサービスもしていた。

Lufthansa Airport Express

ドイツは緑が鮮やかな印象が今も残っている。 黄緑、草色、深緑、青緑… 季節もあるのだろうが、日本の木々よりもくっきり、と言うか、出始めの頃のカラーテレビのような派手な色合いであった。

ライン川沿いを1時間ほど走るとようやく日が暮れてきた。対岸の山の上にお伽噺に出てくるような古い城があり、そこに陽が沈む。まるで絵葉書のような風景。城を築くような奴ぁやっぱり畏敬を抱かせるような場所を選ぶんだなぁ。

2時間ちょっとでケルン着。東京-仙台間ぐらいの距離か。 駅前に大聖堂があり、それをぐるっと回ると目的のホテルがあった。ロビーに親父が居たが、ワシゃ 25 時間ぐらいずっと起きてたんで、まずは寝かせてくれぃ。

翌日からレンタカーを借りて、アウトバーンをドルトムント→カッセル→ヴュルツブルグ→ニュルンベルグ→ミュンヘン、とガイド親父に言われるまま3泊でドイツ半周。途中でニューヨークから来たブラジル人女性アーティストも合流した珍道中。もう何が何やら分かりません。

借りたのはオペルのアスコーナ。 ニュルンベルグ~ミュンヘン間の3車線の長い直線路で 200km/h をマークしたが、ミラーにピカッとヘッドライトが見えたと思った次の瞬間にポルシェターボが横を摺り抜けてあっという間に豆粒のように小さくなっていった。
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by HarryBlog | 2009-06-27 22:48 | Travels | ↑Top  
スタンプ
土日は休めているものの、平日は昼夜掛け持ちになっちゃって全く余裕が無い。

峠を越えた人も居るようだが、ワシゃこれから登り始めるんで、おそらく今年一杯はこんな状況になりそう。 ネタも無いんでここも放置になるなぁ。 と思ったら、お! ネタだ。

Rosslyn Papers : 10年

ワシは普通に日本発行のしか無かったし、切らしてからもう 20 年ほど経ってしまったが、このスタンプ達の想い出でしばらく埋めていこうか。

まずは日本
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by HarryBlog | 2009-06-14 23:33 | Travels | ↑Top  
⑬ Goiás
目次

寝台車と比べると雲泥の差の乗り心地のバスだったが、中継地のフェリアまでは普通の道路だった。ところが、ここで乗り換えてからはもう日本の基準では道路と呼べない所を走っていく。舗装してないのはもちろん、大きな岩がゴロゴロ転がっている山道を傾きながら登る。崖側に座っていてこちらへ傾いたときはもう死を覚悟するほどである。

こんな道が5時間ほど続く。かなりの奥地へ入ったはずだが、景色が変わらないのでどの辺りなのか見当も付かない。まぁ広大な南米大陸のど真ん中辺りだろう。

最後の街、サンタテレジーニャに着くと、食料や日用品などを持てるだけ買い込む。ここを出たら、上下水道、電気、ガス、電話などの社会的インフラとは無縁の生活となる。かと言ってアマゾンの自然の中で日本人が無防備で暮らせる筈も無い。必要となる物資は多いのだ。

ジープの乗り合いタクシーの屋根を満載にして、延々と続くジャングルを切り開いた赤土の道を進む。もうブラジルはどこへ行ってもそういうもんだと慣れてはきたが、同じ景色がずっと続くと時間間隔が麻痺してくる。

突然、空が一挙に広くなり、今度は西部劇のセットのように赤茶けた大地に掘っ立て小屋が並ぶ集落が現れた。小屋と言うよりほとんどお祭りの露店であるが、食料品などを売っている店も数軒並ぶ。一応そこが街(と呼べるのか?)の中心のようである。

さらにクルマを進めるとジャングルの合間にポツポツと居住用の小屋が見えてきた。その中の一軒がタカギさん、コンノさんが建てた家である。建てたと言っても、柱を何本か直接地面に打ち込み、梁を渡して藁を葺いただけであるが、熱帯だから雨を除ける屋根さえしっかりしていれば暮らせるのだな。

むしろ大変だっただろうと思われるのが水とトイレである。掘るのは専門のガリンペイロ達を雇って5メートルほど掘って水が出たところを浄化槽としてトイレは出来上がり。しかし、赤土だから水が出てもお馴染みの泥色であり、井戸は諦めてかなり離れた川から運ぶしかなかったようだ。どっちにしろ泥色に変わりは無いんだが。

調理や飲用にはそのままでは危ないのでセラミックフィルターで濾過した上で火を通してから用いる。洗濯と食器や身体を洗うには、ドラム缶に溜めておいて上澄みを汲む。如何に人間の生活に水が欠かせないか、水道の有り難さに初めて気付く。

調理用だけでなく、夜の灯りの源となるのはプロパンガスである。生ビールの樽ぐらいのボンベが台座となり、バルブ付きのランタンを 1.5 メートルほどのステンレスパイプを介して直接差し込んである。全開にするとかなり明るく、その下で読書もできるほどである。

先ほどの店も皆このプロパンランプである。如何にも夜店という感じで、誘蛾灯のように一日の労働を終えた男達が何百人と群がってくる。上半身裸、裸足で、カウンターに立ったままビールやピンガを呷り、大声でお喋りする。

その相手をする店の女性や炊事洗濯で雇われている女達も繰り出してきているようだが、比率は圧倒的に野郎ばっかり。しかもみんな筋肉隆々の若者である。酒が入ったり、女の取り合いで喧嘩になるのは日常茶飯事らしい。ワシが行った頃は既にある程度自治会みたいな秩序が成り立っていたようであるが、最初の頃は腰に拳銃をぶら下げて歩き、毎週何件か撃ち合いがあったと言う、まさに西部劇の世界だったそうだ。

さて、ガスランプの夜も長いのであるが、基本的には太陽とともに暮らすことになる。

空が白み始めると早くも聞こえてくるジャリ道を歩く足音は陽が昇る頃にはもうラッシュアワーのターミナル駅のようになる。タカギ邸(笑)から 15 分ほど歩いたところに蟻塚があるのだ。

写真はそのほんの一部である。この鉱山が発見されてからまだ数年とのことだったが、こういうのが一面に広がり、既に食い散らかされた状態であった。

a0008364_13183564.jpg資金の無い者は地表あるいは他者が捨てた土をザルに入れて泥色の水溜まりで洗う。いわゆるガリンペイロである。金鉱に群がる山師達と同様、裸一貫で夢を追えるということで多くの若者(だけではないが)が流れ込んできていた。

一日分の食料を得るぐらいは採れるのかもしれないが、ほとんどはクズ石である。お宝はやはり地下深くに眠っているのだ。

a0008364_1333365.jpg鉱脈まで辿り着くには 100m ~ 200m ほど垂直に掘った縦穴をワイヤーにぶら下がって潜っていく。

…のであるが、ウィンチを仕掛けた櫓の頼りなさを見よ! →

地獄行きのエレベータはゆっくりと降下していくが、発電器からのケーブルや排水・排気のパイプなども同じ穴を通っているので、それらにぶつからないように進むのは結構難しい。

地中に入るとすぐに太陽の光は閉ざされるが、100m と言えば 30 階建てビルぐらいの高さなんだから見えなくて幸いだろう。ワイヤーが切れたらイチコロだよなぁと不安になるが、実は底まで一直線に掘られているのではなく、数回乗り継ぎをするのだった。

地表近くは赤土というか泥を固めたような粘土質なので人力でも掘れるのだろうが、岩盤はダイナマイトで砕いていかねばならず、中継点で少し横へ進んで採掘してみて、さらに鉱脈を求めて地球中心へ向かっていく、というのを繰り返してきたようである。

まさに蟻の巣の内部なんであるが、例によってブラジル気質である。まして一攫千金を夢見るガリンペイロどもに計画や協調などを求める方が間違っており、誰がどこをどう掘っているかなど誰にも把握できないだろう。

時折ドーンと発破の音が響き、「これは遠いな」とホッとしても、気休め程度に補強してある木杭の隙間からパラパラと小石が崩れてくるともう生きた心地もしないんだが、こちらも負けじと発破を仕掛けてるんだから、まぁお互い様か。

掘り出した岩は、乗ってきたワイヤーを使ってバケツリレーで地表へ運ぶ。今日のノルマを全て吐き出さないことには再び太陽を拝めないのだ。

a0008364_14574228.jpg無事に地表へ戻ると、今度は岩からエメラルドの原石を取り出す作業である。まずは掘り出したサッカーボール大の岩をハンマーで砕く。大きな結晶なんて滅多に無いから碁石大にまで割ってから選別するのだ。

ん?

←このインディオの顔、どっかで見たような気が…

いや、気のせいだな。

砕いた石をドラム缶の洗濯機と言うか遠心分離器なのであるが、そこへ放り込んでグルグル洗う。軽い砂利などは飛ばされ、比重約 2.7 のエメラルドが中心に沈むという仕組み。しかし他の鉱物も比重は高い物は多く、最終的には人間による目視検査となる。

a0008364_15465524.jpgしかし、これがねぇ。 さっぱりわからん。

この中から緑の六角柱を選び出せって、ウォーリーより至難である。

色は全て石色だし、六角ったって角ははっきりしてないし、表面だってザラついている。

ってぇか、ワシゃ赤緑色弱でっせ~

先輩達が選別済みの物を光に翳してみれば、あぁエメラルドグリーンってこういう色だっけと思うが、研磨する前はとても宝石には見えんな。

その研磨に持っていけるのは1日 10 数個。さらに研磨師の鑑定をパスして実際に買い取って貰えるのは2~3個だけ。後はクズ宝石や工業用ベリリウムの原料として二束三文であるが、毎日コーラ缶3杯ほどは収穫があるから人夫達の日当を払って夢を追い続ける程度には稼げているとのこと。

あれ? この現地人… (って、しつこい

a0008364_16132519.jpg彼は屋敷(笑)の警護も担当していたようだが、試射をしても全く当たらなかったそうだから、本当に使う機会が来なくて良かった。

こんな顔してるからと言って、日本で温々と育ったプータローなんかが通用する所じゃないんだよ。

山奥にも拘わらず最初に作られた娯楽施設であるサッカーグラウンドで親睦を図るぐらいが精一杯のようだから、そろそろ退散しようぜ。
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by HarryBlog | 2008-12-30 17:13 | Travels | ↑Top  
⑫ Goiânia
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笠戸丸以来の長い歴史を持つ日本人移民。想像を絶する苦労により農業開拓で大きな貢献を果たして信用を築いた一世達、彼等の熱心な教育と持ち前の真面目さで各界で活躍する二世以降、百万人以上となった日系社会は人種の坩堝のブラジルでも一大勢力である。

サンパウロには世界最大級の日本人街リベルダージがあり、食品や書籍など必要となる物はほとんど揃うし、居酒屋やカラオケバーでの交流によって日系ネットワークに入っていけばそれなりに食っていく道もあるってことで、世界中を流れてきた放浪者が居座る率も高いようである。ワシも世話になった日系人に連れられて飲み歩いたり麻雀の仲間に入れて貰って少しずつ顔を広げていった。そんな中で、エメラルド鉱山の採掘権を手に入れた日本人が居るという話を聞き、是非紹介して貰えるように頼み込んだ。

商社の駐在で来たまま会社を辞めて夢を追うことにしたタカギさん、フォトグラファーとして世界を飛び回りながらサンパウロを根城とするようになったコンノさん。二人とも三十台後半だろうか? 歴戦の勇士といったオーラを感じさせる。

西部劇のように腰にピストルをぶら下げた奴らが闊歩する山の中で、なんとか十人ほどの人夫を雇い、夢を追い続けられる体制を作り上げたところだとのこと。半月後にまた山へ行くけど、一緒に行くか? と誘われたら二つ返事と言うよりこちらからお願いした。

ノルデスチで散々乗り慣れた長距離バス。でも今回は初めての寝台車。先は長いらしいから最初は贅沢でも体力を養っておく必要があるのだ。

うぁ快適! とても同じ乗り物とは思えない。分厚いクッションでフルリクライニングできるシートの乗り心地が全然違うし、ホードモッサというスデュワーデスみたいなのも居て、飲み物やお菓子のサービスもある。特別区である首都ブラジリアと同じロケーションのゴイアス州の州都ゴイアニアまでの8時間、ぐっすりと眠れた。

着いたのは朝だったが、いきなり中華料理屋で豪勢なブランチ。腹が満ちて酔いも回れば男達が向かうところは決まっている。

場末のサウナ、マッサージと称して女性が指名を待っている。しかし、不作。丁度選挙があって実家に帰ってる子が多いとのこと。諦めてタクシーに乗り込み、運ちゃんに相談。ちょっと遠いが学生ばっかり揃えた秘密クラブがあると言う。そりゃ行くっきゃないっしょ。

街外れの邸宅。かなりでかいが全く普通の個人の家にしか見えない。だが、玄関を入るとだたっ広いロビーにバーがあり、テーブル席も5つほど並んでいる。カウンターに若い女性が数名並んでいる他、プールのある庭からも嬌声が聞こえてくる。

まずは一杯呑みながら気に入った娘をテーブルに呼び、それぞれ四方へ伸びている廊下の先の個室へ消える。一戦終えて戻ってくるとタカギさんもコンノさんもプールへ行ったそうだ。水着なんて持ってきてないけどなぁと思いながら庭へ出てみると、何のことは無い、全員生まれたままの姿で水と戯れていた。

眩しい太陽の下、躍動する若い肢体は美しい。既に満足してプールの水で冷やされて落ち着いていたモノも、目の前で平泳ぎの後ろ姿を見せられちゃ反応しない訳にはいかない。さっきとは別の娘なのだが、吸い付けられるように凝視していたら、近寄ってきて反応したモノを掴まれる。 ちょ~wwww わかったから、部屋へ行きましょう。

と、入場料と呑み代さえ払えば、1日中何人でも可能なシステムらしいが、金よりも体力を要求されるのがブラジルなのである。そのまま眠りに就ければ最高の幸せだったろうが、束の間の休息を終えた男達は再び戦場へ向かうバスへ乗り込むのであった。
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by HarryBlog | 2007-12-02 23:55 | Travels | ↑Top  
⑪ Rio de Janeiro
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ワシなんかが紹介するまでもなくブラジルと言えばリオ、そしてリオと言えばカーニバルであるが、それだけじゃなくて、どこから何を見ても絵になる見事な観光地である。

コルコバード、ポンジアスーカル、レーミ~コパカバーナ~イパネマ~レブロンと続くビーチ、カテドラルや博物館等見所も多いし、サンバショーはじめ陽気なカリオカが朝まで遊び続けるナイトライフも充実。海・山・都市と全てが揃い、ここだけでブラジルを満喫できる。
サンパウロとは 300km ちょっと、仙台~東京と同じぐらいで、30 分おきに出ているバスで 6 時間ほどなのでブラジルの感覚からすれば隣町って感じ。ワシはサンパウロの知人が用事で行くというのでクルマに便乗させて貰った。

途中で寄ったブラジル人富豪の別荘、っつうか、一つの岬全部が私有地なのだ。公道脇で門番のチェックを受けてから 10 分ほど走ると城のような母屋の他にコテージがいくつか散在している。ビーチやヨットハーバーはもちろん、テニスコート、乗馬場からゴルフコースまである。無人の湾の内海は真っ白な砂浜と透明な海。林を越えた反対側は岩場の荒波で絶好の釣りスポット。もうどうやって遊べばいいのか迷ってしまう貧乏人は軽く泳ぎ、釣りをしただけで逃げ帰ってきた。ま、社会科見学でしたな。

夜にリオ到着。大都会なんで探せば安い宿もあるだろうが、便利を考えて旧市街のボロいホテルに投宿。日曜ってことでサンバショーはどこも終わってしまっていたが、紹介して貰ったピアノバーが大当たり。目の見えないピアニストと生ギターのデュオで、客のリクエストに応じてボサノバ、フォルクローレからアメリカンポップスまで何でもこなし、アドリブでアレンジしているのだが、そのセンスが抜群。がぶがぶ呑んだショッピが心地よさだけを残して蒸発していく。

翌朝は 4:30 頃に目覚めたので、歩いて海岸へ。素晴らしい朝焼けが三文の徳。観光客ではなく、地元の人達が散歩したり、もう泳いでいる人も居る。

朝食後、森林公園を抜ける登山電車でコルコバードへ。キリスト像はデカいだけで面白くないが、景色はいいね。(リンク先↓のパノラマ画像でお楽しみ下さい)
続いて反対側のボンヂアスーカルへロープウェイで登る。考えてみたらワシゃこういう定番コース回るのってブラジル来て初めてかも。外国人観光客に混じって行列に並んでいるとなんか小学生の遠足みたい。
photo by YUZO's Page
次はこんな水道橋↓を通る玩具みたいな路面電車に乗ってサンタテレーザという丘へ。
座席は 20 コントだが脇にぶら下がっていけばタダってことで、地元の人はどこでも勝手に乗って勝手に降りている。ただ、観光客が不用意に道路側に乗ると危険だという話も聞いた。モーターが悲鳴を上げながら石畳の坂を民家の塀すれすれに走っていく。
夜はお約束のボアッチ。絶世の美女だが金も相応。これならクルービで素人さんをナンパした方がずっといい。結構チャンス多いし、若さと美しさじゃプロに負けてないからね。

翌日はコパカバーナへ。いやぁ凄い。ノルデスチでも美しいビーチは色々見てきたが、規模が違いますな。奇岩の山をバックにずらっと並ぶホテル群にも圧倒されるが、4km に渡る砂浜の幅がまた広くて、物凄い人出なのにあちこちでビーチバレーやフッチボールのコートがあり、道路沿いには各種の店が繋がっている。
コパ名物の美しいオシリもそこら中で堪能できます。
次はバスで植物園へ。5000 種以上の珍しい植物が植えられているそうで、それなりに楽しめたが、なにしろ敷地が広大で歩き疲れた。さらに山頂方向のバスに乗ってみたが、中腹が終点で降ろされる。仕方がないんで歩いて登っていくと、ちょっとした渓谷の奧から歓声が聞こえてきた。小さな滝壺で子供達がターザンのようにツタにぶら下がっては飛び込んでいたので混ぜて貰ったら最高に楽しい。結構深いが底まで見える透き通った冷たい水。滝の裏側にはちゃんと祠があり、子供達と一緒に入ると秘密基地に隠れている気分。

もうちょっと山を登っていると、バイクの兄ちゃんが道を訊きに来た。ワシに訊かれても…と、後ろにに乗っけてって貰うことにした。結構険しいワインディングロードが続くが、実はチジュカという国立公園の中であり、ぐるっと回って下るとマラカナンスタジアムが見えてきた。バイクの彼と別れて一応見学してみたが、やっぱり試合やってる時に観ないとなぁ。
最後は対岸のニテロイへ。湾を横断する大橋もあるが、遠回りになるので渡し船で 15 分ほど。海岸沿いを南に走るバスに乗り、丁度ポンヂアスーカルの当たりの岬の突端で絶品の夕焼けを眺める。この岬生まれの薬屋のオッサンがしきりに自慢するのを彼の家まで付き合って聞いてやった。いや、最後は波止場まで送って貰って大いに助かったんだが。

さて、観光ってのもいいもんだねぇ。ってことで、お約束のカルナヴァルの時にも再訪した。宿も取らず、一晩中バカ騒ぎ。この興奮はとても筆舌に尽くし難い。
これはやっぱり現地でトリップして貰うしか無いね。写真や旅行記を検索してみると、みんな同じ所で同じ物を見るんで絵葉書みたいなステレオタイプになるんだが、それでもやっぱり実際に体験すると感動、興奮するんだよな。凄い街です。
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by HarryBlog | 2007-07-16 23:28 | Travels | ↑Top  
⑩ Brasília
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a0008364_1752454.gif荒涼たる高原に4年ほどの突貫工事で無理矢理作られた人工都市ブラジリア。首都ではあるが、ここはブラジルではなかった。

飛行機を模した胴体の部分に立体交差の道路に挟まれた公園と近未来的な公共施設、左右の翼の部分には目的別に整然と区割りされたオフィス街、ショッピング街、ホテル街、アミューズメント街等と、住居として同一規格のマンションが並び、機首に覆い被さる人造のパラノア湖の対岸には一戸建ての高級住宅地が広がる。
a0008364_1754731.jpgニューヨークの国連ビルを手がけたブラジル人建築家オスカー・ニーマイヤー設計の個性的な建築物を見て回るだけで観光になるが、衛星写真を見ると分かるように、建物が無い部分は赤茶けた地肌が剥き出しであり、万博とか遊園地の跡地みたい。

標高が高いこともあって、どこからどの方向を見ても視界の大半が空になる。下記の写真参照。

AKI Album : 人工首都 ブラジリアへ
尾翼の部分にある、鉄道の駅と一緒になっているバスターミナルからタクシーでホテル街へ。いつもの1泊 1,000 円以下なんてのは望めないとは覚悟していたが、一番安いところでもその3倍ぐらい。バックパッカーなんかが来るところじゃないんだね。

チェックインして散歩へ出る。とてもブラジルとは思えないな。商店街と言ってもビルばっかりだし、ネクタイをしたビジネスマンも多く、丸の内か大手町といった感じ。Tシャツにサンダルで歩くのがちょっと恥ずかしいぐらい。

胴体の真ん中辺りにあるテレビ塔に登る。幅が広く立体交差で信号の無い道路はクルマには快適だろうが、歩いて渡るのは大変。まぁ駐車スペースも多いから移動は全てクルマなんだろうけど。

大きなショッピングセンターに入ると、まるっきり休日の渋谷だな。109 や PARCO 辺りに迷い込んだみたい。オサレな女の子達が闊歩しているが、ノルデスチの垢抜けなくても気さくな感じの方がいいなぁ。

昼は懐かしのマクドナルドで済ませたが、どうせ金掛かる店しか無いのだから、夜は生演奏をやっているシュハスカリアで【肉ぅ】の食い放題。アンデスのインディオとスペイン系白人でフォルクローレやっていたのだが、アルパという竪琴の透き通った音色に驚く。爪で弾いているようなんだが、近くでずっと見ていても何でそんな音が出るのか、神業としか思えない。これを聴けただけでも満足。

ってことで、もうブラジリアはいいや、とサンパウロへ向かう汽車に乗るとこんな事に合う訳だが、やっぱりブラジルはこうでなくっちゃね。
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by HarryBlog | 2007-07-14 17:30 | Travels | ↑Top  
⑨ Salvador
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バスに乗ると、先日ディスコで知り合った少女が乗っている。「おぉっ、隣に来いよ」と声を掛けると後ろの席の婦人が立ち上がり、「ウチの娘に何かご用?」と睨まれる。「いや、何でもないです」 娘の目が悪戯っぽく笑ってやがる。可笑しくねぇよ。

州名の通りバイーア(湾)を形作る半島の先端に位置するのがブラジル最初の首都サルヴァドール、さすがに規模は桁違いである。奴隷貿易の中心でもあったので、ブラックアフリカン系の割合が高い。ざっと見て8割は黒人という印象。

その奴隷市場のあったペロウリーニョ地区は旧市街と呼ばれ、石畳の坂道に歴史的建造物が多く残っている。オリンダに比べると煤けて朽ち落ちそうな感じだが、その分だけ人間が生きてきた実感のある街だ。
急な坂道が入り組んでおり、丘の上のセントロと港のある下町とは巨大なエレベーターやケーブルカーでも行き来できるようになっている。

この上の町のセー広場から眺める夕焼けは絶品である。赤く染まった海と海岸のオフィスビルやマンションの黒い影、波止場のヨット、沖に大きな貨物船、そして湾に浮かぶイタパリカ島の向こうへ陽が沈んでいく。珍しくブラジル人ですらお喋りもせずに景色に見とれている。

このセー広場のほど近くに宿を取る。そろそろ金が無くなってきたんで、古い建物の大きなフロアを間仕切りしただけの安い所にしておく。サンパウロにはまだ預けてあるチェックが残っているが、手持ち現金が底を突きそうだ。

これからどうすっかねぇ? 気が付けば早3ヶ月。ビザもすぐ切れる。旅行としては色々あって面白かったが、言葉を覚え、やる事を見つけるという目的には程遠い。日本も大変な状況らしいし、早ぇとこ決断しなきゃだぞ。

と悩んではみたものの、とりあえず今を楽しむのがブラジル流。夕食に入ったレストランに可愛い娘が居たのでさりげなく話しかける。もうすっかりジョゼのノリになってるぞ。

彼女がディスコへ行くというので付いていくと、ディスコと言うよりクラブ、そして実は彼女はそこで働いているのだった。ってぇことは…客引きに出てただけじゃん?

カンフー映画の悪役のような顔をしたフィリピン人の船員に指名されたようで、ワシはすっかり放ったらかし。なんだかバカらしくなったからピンガを一気に呷って席を立つ。「ごめんなさい、明日またあのレストランで待ってるから」 はいはい、営業だよね。

宿への足取りが重いのは石畳の所為か? 路地裏の暗闇に黒人達の白い目だけが光り、残飯を求める野良犬がキャンキャン吠えている。ワシゃこんなところで何をしてるんだろう?

翌日は島へ渡ってみようと思ったが、雨。という以前に二日酔いで頭が割れそう。夕方までずーっと部屋に引き籠もっていたが、さすがに腹減ってきたし、隣から喘ぎ声が聞こえてきたんで、シャワーを浴びて街へ。当然のように昨日のレストランへ向かっている。

昨日の彼女、クラウディアは女友達と来ていた。浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。半分眠っているようなエキゾチックな目で笑いかけられるとクラっときちゃうな。やっぱりこの男の性格なんとかして下さい。

3人でビールを呑みながら色々と話し、笑う。おぉ普通に楽しい! と盛り上がってきた頃に、そろそろ店へ出なきゃというクラウディア。「店に1万コント払えば行かなくていいんだけど…」ワシには大金だな。それで君を買えってことだよね? 「悪いけど、そういう気は無いから」と送り出す。残った友達ルージマが「これがあの子の仕事なのよ」 わかってるさ。

「じゃ、ちょっと来て!」とルージマがワシを連れ出す。裏通りを進み、古い建物の2階へ。一つのドアを指差し、「ここがクラウディアの部屋。明日3時にここへ来て、との伝言よ」

翌日も雨が石畳を濡らしていた。港へ行ってみたが、することも無くブラブラ時間を潰し、約束の時間にクラウディアのアパートへ。「いらっしゃい」 素直な笑顔だ。なるほど束縛されない昼間に逢いたかったのだね。ようやく得た二人っきりの時間を貪るように楽しむ。

映画を観に行ってから、いつものレストランで夕食。この街ではここでしか食べてないなぁ。

と、そこへお約束のフィリピン人登場。おめぇ、さっきのカンフー映画でやられてた筈だろ、と言いたかったが現実ではワシの方が太刀打ちできないのだった。ナプキンに「許して!」と走り書きして彼女は奴と同伴出勤。ワシはまたピンガのお代わりを重ねて宿へ戻るが、どうにも寝付けない。

ようやく眠りに就いた真夜中、激しく叩くドアの音。開けるとクラウディアが立っていた。「5軒もホテルを捜し回ってやっと見つけたわ」 やられた、降参です。

そのまま一緒の朝を迎え、昼間はずーっと彼女と過ごす。そして、夜は仕事へ送り出す。なんだかこれってヒモみたい? いつまでこうしてるつもりなんだよ? これ以上ウダウダしてるとサンパウロへのバス代もヤバい。「一緒に連れてって」と言われてもそんなことできない。ワシゃ只の風来坊でっせ~

その晩は彼女の来訪は無く、二日分ぐっすりと眠る。目が覚めるとこの街に来て初めてのドピーカンだったのでボートで島へ。チリの団体さんと一緒になる。島は驚くほど静かだ。波の無い内海の浜辺を2艘のボートで来た観光客で占有し、船員や島の人も混ぜて全員でフッチボール、ブラジル対チリ。草サッカーならまだまだ通用するな。「上手いねぇ」「日本でやってたからね」「え?プロなのか?」「まさか~」

街へ戻り夕食はまたいつもの店。しばらくして来たクラウディアが凄い剣幕で怒っている。「どうして今日居なかったのよ!」 え?約束なんかしてなかったよ。 「私が行くまで待っててくれるもんでしょ」 来るかどうか分からないのに? 「どこ行ってたの?」 島だよ、観光さ。 「誰と?」 おい、いい加減にしろ! 一人に決まってんだろ!

「そう、分かったわ。 だったら、サンパウロでも日本でもとっとと一人で行っちゃえば?」

いずれこうなる。ズルズル続く訳は無いのだ。彼女もそれが分かってるから早いところ決着を付けたかったのかもしれない。今なら傷は浅くて済む、か?

いいだろう、次のバスで発つことにするよ。 Adeus Salvador , Adeus Claudia !
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by HarryBlog | 2007-07-07 21:54 | Travels | ↑Top  
⑧ Maceió
目次

ノルデスチの州都と州都を結ぶ鉄道はヘシーフェ~マセイオ間だけ、それも、水・金・日曜の朝 9:50 発の3本しか無い。当日の 7:30 ぐらいから並ぶというので早起きして行くとまだ 10 人ぐらいしか居なかった。

架線が見当たらないけどまさか蒸気機関車? な訳はなくディーゼルだった。車体は富士重工製だ。二等は木のベンチ。一等はクッション付きだが、リクライニングはできない。乗客が乗ってから連結の辺りを溶接してやがる。本当に出発できるのかねぇ、と思ったら、修理が終わり次第発車した。って、まだ出発時刻の 30 分前なんですけどぉ?

ありあわせの木を適当に打ち付け、全体が傾いている小屋が並ぶファヴェイラが続く中を最初は 15 分おきぐらいに駅がある。みんな平気で線路を歩くから警笛を鳴らしっぱなしだ。

次第に牧場のような景色に変わり、駅が少なくなる。どですかでんどですかでん、開け放した、と言うよりガラスが割れて意味の無い窓から飛び込む風の匂い、レールの軋む音。結構揺れるんで早くもケツが痛くなってきた。バスの方が遙かに快適だが、視界が広いのがいい。

小川は相変わらず泥色だが、岩も多く小さな滝が流れを変え、牛や馬が水浴びをしている。子供だけでなく大人も汽車に向かって笑いながら手を振っている。こちらが応えると子供達は踊ってみせてくれる。

サトウキビ工場があり、その横には主人の家と言うか宮殿と呼ぶべき凄い建物。使用人は 30 軒~ 50 軒が一つの屋根で繋がった長屋。まるで映画でも観ている気分である。

トンネルに入ると本当の真っ暗闇で何も見えない。抜け出てから電灯が点くところがブラジルらしい。そして突然の豪雨。景色は霞み、川は勢いを増す。その川幅が徐々に広くなり、丘が低くなってくると急に椰子の木だらけになり、マセイオへ着いた。僅か 250km、バスなら3時間半のところを 11 時間掛かったけど、景色が全然違うんで退屈しなかった。

ヘシーフェから来ると小さく感じるが、70 万都市である。それにノルデスチでは海岸沿いこそが最大の繁華街なのだが、ワシゃこんな↓ホテルには縁が無いからな。
photo by 旅ウェブ
セントロで夕飯を食い、この辺りが場末だな、と宿を探して歩いていると、すれ違った若者が突然「アリガトウ!」と言いながら握手してきた。ブラジル人の人懐っこさにはもう慣れたけど、あまりにも唐突だ。「なんだこいつ?」と思う間も無く、一緒に居た女4人男1人に囲まれる。そんなに日本人が珍しいか?

「宿を探してるんで、じゃ」と離れようとしたんだが、「案内してやるよ」と付いてくる。「あそこが良さそう」と言われて聞きに行ってみたが、いつもの3倍ぐらいの料金。「もっと安い所じゃないとダメだ」と言うと「じゃぁ、ウチにベッドが一つ空いてるから1泊 1,500 コントでどうだい?」それでもちょっと高いが食事付きで言葉の練習にもなるから世話になることにした。

彼の名はジョゼ。まだ 10 代だろう。一緒に居た娘の中で一番可愛いのがクリスチャン、他はリディア、ヴェラだっけ? あと…忘れた。もう一人の男はベンジャミンだが、「ベイジャ ミン!」と言うと「キスして!」となる、とジョゼが彼に抱きつこうとして大笑いしながら歩いていく。

2段ベッド2つにジョゼと弟ともう一人と相部屋。他にも何人か泊まっていたようなので民宿みたいなのかな? お喋りのジョゼは会話が途切れることが無く、ワシにも色々訊いてくるが、疲れてたのでいい加減に黙らせて寝る。

ジョゼは家具屋で働いているそうで、早めの朝食を食べたら出勤していった。ワシは一人でノルデスチで最高に美しいという海岸へ行ってみたが、着いたら生憎の雨。しょうがないんでバスターミナルへ行き、サルヴァドール行きのチケットを買い、セントロをブラブラ。

ジョゼの家へ戻る途中で彼とクリスチャンに出会う。ワシが戻らないので心配して探しに行くところだったらしい。おぉ感激だぜぃ、愛しのクリスチーナ! なんちて。

でも実際彼女の言葉が一番判る気がするんだよなぁ。好きこそ物の上手なれってのは意味が違うけど、やっぱり好意を持って聴くと伝わってくる物が違うのだろう。

彼女が帰り、ジョゼと夜の街へ出る。海岸通りで会った彼の不良仲間と一緒に入り口に鍵が掛けられ、覗き窓から面通しされて仲間だけが入れる酒場へ行く。なんか懐かしい匂いがしますなぁ。まだあどけない少女が目一杯化粧をしてビールを呑んでいる。いかにもアンダーグラウンドって感じの社交場。やっぱりこの雰囲気は万国共通なのか。

一杯引っかけると店を出て散歩、というかヒッチハイクである。10 台に 1 台は止まって乗せてくれる。でも、ほんの5分ぐらいで降りる。高級ホテルへ何食わぬ顔で入っていき、屋上へ。海岸とセントロを一望できる夜景は圧巻。ジョゼと一緒じゃなきゃこんな眺めを見られるなんて知ることさえできなかった。

ジョゼは顔が広い。ボーイスカウトやってるからと言っていたが、人懐っこくてお調子者のお喋りだからどこへ行っても人気者だ。思いついた先から行動して呆れるほど調子いい奴。

「日本から来た客が中を見てみたいと言うから」とボアッチに入って女の子をひやかすだけで出て、またヒッチハイクして今度はヨットクラブのダンスホールへ。会員制なんだが自分が持ってた適当なカードを見せて入ろうとする。さすがにこれは止められたが、道路口に屯して、会員が来たら友達ってことにして貰って一緒に入れちゃった。

体育館のような広さに生バンドが入ってる。サンバとか土着の音楽ではなく、どこの街に行ってもどっかの店から聞こえてきてワシにも馴染みのある流行歌、いわゆる MPB である。1時間ほど踊って汗をかいたら、一度はお断りされた受付の男に「ちゃんとこの日本人の顔を覚えていろよ」と言い残して散歩に出る。

凄い人出だ。土曜の夜の海岸通りは歌舞伎町みたいなもんなのだねぇ。

白のタンクトップにバレリーナみたいなフリフリミニスカートの尻を揺らし、男達からヒューヒューと口笛を吹かれて歩く女をジョゼが指差し、「日本語だけであいつをナンパしてみろよ」とワシをけしかける。こっちも酔ってたから面白がって突撃してみる。日本語でも口から出任せにペラペラ喋り続けるってのは結構難しいが、困り果てた相手の顔が可笑しい。適当にからかって戻ると、ジョゼは腹を抱えて笑っていた。「ありゃオカマだぜ」

再びホールへ戻ると今度は顔パス。ナンパというまでもなく、周囲に居た娘達に近付いて一緒に踊る。チークタイムだけでなく、アップテンポでも密着して腰を揺らし合うのでかなりエロっぽい。ところが「そろそろ帰ろう」とジョゼに促されて敢えなく撤収。彼は愛する彼女が居るから浮気は絶対しないのだそうだ。そりゃ結構。

翌日は日曜だったのでジョゼと一緒に海へ。まずは近場で泳ぎ、一旦家へ戻ってシャワーと昼食。午後はちょっと離れた別の海岸へ。スピーカーで音楽を流し、櫓の上で女の子達が踊っている。盆踊りみたいだな。

どこへ行くにもヒッチハイクである。ところが日曜ということもあるのだろう、どのクルマも3~4人乗っていて止まってくれない。すると奴は遠距離バスを無理矢理止めて、「立ってるから街まで乗っけてってくれ」と頼み込む。運転手も苦笑しながら応ずるしか無かったようだ。

街で会ったジョゼの女友達に葉っぱを貰い、安いディスコへ。こっちは日本のと同じだ。アメリカのソウルミュージックのレコードを大音量で流し、ミラーボール、スポットライトの中を飛び跳ねる。年齢層も若く中高生ぐらいが多いようだ。声を掛けると笑顔で応じるが、あどけない顔で「日本に連れてってくれるんなら寝てもいいよ」なんて言われてもなぁ。

数日の滞在だったが、ジョゼのお陰でとても内容の濃い、想い出深い街となったマセイオ。
いつか再び訪れる日が来ることを信じよう。 Muito Obrigado José !
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by HarryBlog | 2007-07-05 22:29 | Travels | ↑Top  
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針生 徹

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