ITコーディネータ 針生徹 の blog
青春談義
やはり思春期を共に過ごした人の想い出話に触れるといろいろと甦ってきますなぁ。お喋りと同じ調子で書いてるからあっちこっち脇道へ外れまくりで、追いかけるのが大変なんだが。
私と音楽との出会いは、やはり中学のビートルズでしょうか。
その頃仲良かった男の子の影響で、映画とビートルズに浸る毎日でした。
当時は下北沢近くの大原に住んでいて、家からまっすぐ歩いて15分。小田急線の線路を渡るとオデオン座という映画館がありました。現在、小劇場や自主映画のメッカになっているスズナリのある場所です。そこに、毎週のように映画を見に行ってました。(いくらだったんだろう。中学生がそんなにしょっちゅう行ける値段だったのかしら) たしか中3の時にビートルズの「レットイットビー」が封切りになり、そのサウンドトラックのLPが私の愛盤でした♪
以前書いたが、これはワシと音楽の出会いでもあったのだ。こういうこと↑が許される中学生との差を見せつけられて悔しいってのもあったのだろうが、彼女に内緒で針を落とした円盤から伝わってくる知らない世界はゾクゾクするほど刺激的だった。なんたって英語だしな。

ビートルズがどれほどの社会現象を起こしたグループだとか、聴き始めたこの頃はどんな状況だったとか全然知らなかったし、もちろん英語の歌詞の意味も解らず、純粋に音だけを聴いて感じたのだ。貪るように繰り返し聴いたが、一度知るともっと色々聴いてみたくなり、姉貴が次のレコードを買ってくるのが待ち遠しかった。

こうして彼女の小遣いは二人分役立ったのだよ。
ビートルズにハマる前は、映画のサウンドトラックをよく聞いていました。『サウンド オブ ミュージック』や、『ウェストサイド・ストーリー』は何度映画館で見たことか。もちろんサウンドトラックのLPも買ってもらったし、映画音楽だけたくさん集めたLPもお気に入りでした。映画好きの母が毎月「スクリーン」という映画雑誌を取っていたので、私もそこから、ロバート・ワグナーや ジャン・ルイ・トランティニアン、ジェン・バーキンやキャサリン・ロスなどを切り取って、自分のノートに貼ったりしていました。(笑)
そうそう、ウェストサイドを見た翌日ワシも真似をして道路で脚上げてグルグル踊ったら目を回して頭から地面に落ちて血を流した覚えがあるな。
そういえば私のレコード、みんなどこにあるんだろう? 実家にあるのかなぁ?
すいません、不良の弟が高校の頃、遊ぶ金欲しさに中古屋に売り払ったという噂が…
しかも、87分署、べン・ケーシーから始まって、ヒッチコック、トムとジェリー、バークにまかせろ、ナポレオン・ソロ、バークレー牧場、ペイトン・プレイス物語、ルーシーショー、それ行けスマート、ハニーにおまかせ、奥さまは魔女などなど、けっこう見ている自分にも ビ、ビックリ!!
何やってたんだ、私は! いや~、あなどれないわぁ、テレビッ子(笑)
観てたよねぇ。これも前に書いたけど、こんなに見てたら勉強なんてやるヒマ無いよなぁ。
誰でも一度は ギターを持ってシンガー・ソングライターを夢見る。
なんちゃって。 あれ? ちがった?(笑)
ともかく、私も中学の時ギターを弾きはじめて・・・♪
これも悔しかった。自分も色んな物を買って貰ったりはしていた筈だが、所詮子供向けであり、大人が使うのと同じモノをゲットできる中学生が羨ましかったんだな。
母がクラシック好きで、私も4、5才からピアノを習っていたですが、どうも私は、イマイチ クラシックが浸みてきませんでした。先生は私になぜかモーツァルトを選ぶのですが、私はショパンが弾きたく・・・
結構頑張ってやってたよね、それでも浸みてないと感じていたとは知らなかったな。

そして、これ↓がトドメを刺しちゃったのか?
後に、楽譜がまったく読めない弟が、ピアノで『展覧会の絵』をジャカジャカ弾いているのを聞いた時は、ショックでした。彼はエマーソン・レイク&パーマーのレコードから聴いたまま、弾いていたのですよ! ガ、ガ~ン。私の長年のピアノのおけいこ生活はなんだったのか!
おぉっ、懐かしい! やったっけなぁ。

タイトル曲だけでもかなりの長尺だし、ナット・ロッカーやグレッグ・レイクの弾き語りからビル・エヴァンスのフレーズをフェイクしたソロまでコピーしてたんだから、もしかしてワシって天才?と今なら思うけど、やっぱり集中と継続の賜物だろうね。毎日5~6時間は聴いてたからな。楽譜を読めない分、頭で覚えるには連続してやるしかないのだよ。

それでピアノも常時ワシが占領してしまい、キミに引導を渡すことになったのかもしれないね。
そのうちミッコや仲良しの男の子たちがギターを弾き始め、私もギターをはじめました。
おっと、またワシの小学生時代の話に戻ったのか。
高石友也の「友よ」とかジョーン・バエズの「We shall overcome」とか・・・
「抵抗のうた」という歌集を買って、「死んだ男の残したものは」とか「自衛隊に入ろう」とか、「イムジン河」とか、歌いました。やさしいコードで、歌いやすい、いい歌が多かった。
この辺はほとんど知らないな。新宿西口地下広場で大勢の若者が声を合わせて唄っていたところは何回か通ったことがあるが、さすがに小学生が入っていく世界じゃないと感じたのかも。
だから、赤い風船の「遠い世界に」が出た時は、今の自分に 背伸びしないで、ほんとにしっくりくる日本語の歌が 生まれた気がした。
前向きなんだけど、声高じゃない。呼びかけてるんだけど、戦闘的じゃない。
(今思えば だよ。その時は、そんな風に分析はしてない。ただ、いいって感じかな)
なんども なんども 歌いました。
これは覚えている。っつうか、確かにキミはこればっかし唄ってたよね。

でも、やっぱりこの頃のフォークの時代の想い出は少ないな。ワシが中学に上がる頃になると、拓郎や泉谷がかろうじて引っかかってるぐらいで、陽水からはニューミュージックという全く別の世界になっていたからなぁ。
なんか、いつも時代に乗り遅れてるんですよね・・・私。
私が憧れていることは、いつも私がその年令に追いつくと、まるで 潮が引いたみたいに静かになっている。 のです。
ワシゃさらに2年遅れでっせ。 そうやってキミから断片的な刺激を受けた小学生がどんな気持ちだったか知ってんのか? なんちて。

まぁねぇ、時代に乗るのがいいのかどうか? 乗り遅れたからこそ波が見えるんで、渦中の人達はただ流されてただけかもしれないし、自分の時代にはまた別の波が来ていて、実はその中に居るのに気付かないだけだったかもしれないじゃん。
時代が持っている喧噪とかうねり、その渦を作っている大勢の人の心に実際に起こっていること。
ジヨーン・バエズが「We shall overcome」と歌った時、そこに集まる、一緒に歌う、
あんなに多くの人たちの、一人一人の心が希求してたこと。それが知りたいんだ、私は!
待ってて、時代! もうちょっとで行くから!
って、中学の時から、ずっと、ずっと思って来たのに・・・
はいはい、続きを楽しみにしております。
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by HarryBlog | 2007-09-20 22:51 | Family | ↑Top  
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針生 徹

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