階段は廊下の外側に後から追加したようで、つまり昔はあの絡繰り梯子を使っていたのだよな。後年はトイレも中に作られたが、最初は離れだけだった。もちろん汲み取り式。臭いし、冬は凍え、夏は蚊に悩まされる。とても夜一人でそこまで行く気にならない。
風呂もその離れにあった。土間に木製の深い桶が置かれ、沸かすのは外で薪を燃やしていたようだ。冬は寒く、湯舟から出たくなくなるし、しっかり温まったつもりでも、母屋に着くまでには冷たくなってしまう。
離れの隣には、白壁の土蔵。銀行の金庫室のような厚い扉を開けると金網の付いた小さな格子戸があり、中には骨董の数々が見える。どんな物があったかすっかり忘れてしまったし、ガキにはその価値も理解できなかったが、およそ日常では目に触れる機会の無い品々だったように思う。おそらく一世紀以上放置されていた物も多かったろう、黴だらけの行李の蓋を開けると異次元へ旅立つのであった。壁面に小さな引き出しが無数に設えてある。と思ったらそれは実は階段になっており、二階もあったのだ。埃と黴の匂いに包まれた秘密基地、鉄格子の小さな窓の明かりの中で一日中遊んでいた。
トロッコ道を奧へ進むと、みかん箱ぐらいに切り出した岩を積み上げた倉が並ぶ。貸し倉庫にしていたようで、重い引き戸を開くと反物かなんかが積まれていた記憶がある。そのうち一棟は地震のときにバラバラに崩れ、脇に停車していた乗用車をペシャンコにしたそうだ。