キックオフ
かなり長い棒だから、空振りするとよろめく。その隙に懐へ飛び込みながらパンチを繰り出す。振り向こうとした奴の顔面にカウンター気味にヒットした。
怯んだ相手から棍棒を奪おうともみ合う。なんだ、まだあどけない顔じゃねぇかよ。こんなガキにやられてたまるかぁ。
予想外の反撃にたじろいだか、仲間討ちを恐れて手を出せなかったか、もうすっかりナイフ野郎なんて頭に無い。とにかくこの棒を奪うんだ!
えー。
こっから先は正直ほとんど憶えておらんのだ。さんざん引っ張っておいてオチも無いんじゃ怒られそうだが、現実ってのはこんなもんだ。
ってか、闘ってる当人は憶えてなんかいられねぇよ。
ともかく、なんとか逃げられる態勢に持ち込めたのである。後はもう全速力でひたすら走った。街まで数キロはあったと思うが、人目のある所まで振り返りもせずに走り続ける。街に入り、ようやく追ってきていないのを確認したが、宿まで走るのを止めようとはしなかった。
部屋に着いて鍵を閉める。見ると両腕から血が吹き出ていた。傷は浅そうだが砂まみれのままじゃ黴菌が入るからシャワーで洗い流す。切られたにしても大丈夫なようだ。と安心したとたんに心臓が高鳴ってきた。
ラッキーだったとしか言いようが無い。こちらで会った日本人、日系人からさんざん「襲われたら絶対に従うこと」と言い聞かせられていたのに、なんという無茶をしたんだろう。
急に怖くなってきた。警察へ行っても話にならんだろう。それよりも、今すぐ街を出よう。
ヒオ・グランヂ・ド・ノルチ州ナターゥ。せっかくの「太陽の街」なのに、闇に紛れるようにワシは旅立ったのであった。
おしまい