世はクリスタル。マンションの一室を拠点に、アメリカから持ち帰った流行り物を扱うブローカーが跋扈する南青山。立ち並ぶビルの谷間に、骨董通りの名に相応しい古い二階建ての一軒家があった。
今では伝説となった輸入レコード店「パイドパイパーハウス」が1階にある。ここのオーナーは山下達郎のシュガーベイブや細野晴臣らのティンパンアレイ等 70 年代日本のニューミュージックシーンを牽引したグループのマネジメントや出版関連も手掛けた業界人で、その手の人達や鼻の利く音楽ファンが出入りしていた。
その店とは全く関連が無いのだが、そこの2階にワシに商売のイロハを教えてくれることになる小さな会社があった。
隣の食料品店との間に間口 1m ほどのガラスのドアがある。一人がやっと通れる急な階段を上ると八畳ほどの事務所になっている。簡易応接セットの奥に社長、手前に事務の女の子、もう一つ空いている机がワシの席となる。
台湾とのハーフである社長は三十歳そこそこである。中学の同級生の義理の兄であり、初対面では無い。
「勤務時間は 10:00~17:00、土日は休みだ」
今までやってきた肉体労働とのギャップに驚くが、それよりも沖縄出身の事務員のエキゾチックな瞳が気になるんですけど…
「一応ジョギングシューズ販売がメインなんだが、売れる物ならばどこへ何を売っても構わない。商品も客も自分で見つけてくるんだな」
う~む…このワシに営業をやれ、と。まして流行などには無頓着なワシに商品も探せだとぉ?
ジーンズにポロシャツというカジュアルな服装の社長はとても経営者にも営業マンにも見えず、この人がやれているのならワシにだって、と思ってしまったのが過ちの始まりであった。
こうしてワシは、とっても似合わない青山の街で二十歳の青春をおくることになるのであった。