ITコーディネータ 針生徹 の blog
会葬御礼
故 針生一郎 儀 通夜・告別式に際しましてはご多用中にもかかわらず遠路わざわざお越しいただきました上、ご丁重なるご弔慰、ご芳志を賜りまして、衷心より厚く御礼申し上げます。

取り込み中のこととて、不行き届きの点も多々あったかと存じますが、なにとぞご容赦くださいますようお願いいたします。

略儀ながら書中をもって謹んで御礼申し上げます。

針生 徹  




遺族を代表して、喪主より御礼のご挨拶を申し上げます。

本日はご多用中の所、また遠方よりご会葬賜りまして厚く御礼申し上げます。

父、一郎の人となりについては改めてご紹介するまでもなく皆様方の方がずっとお詳しいと思います。むしろ私ども家族の方が知らないことが多く、今回ご弔辞はじめいろいろな方のお話を聞いて「へー、そんな人だったのかぁ」と驚くことばかりです。

私は彼と 50 年以上付き合いましたが、一緒に過ごした時間はかなり限られています。現在はこの近所に住んで家に居る時間も増えましたが、私が小さい頃は下北沢という交通の便がとても良い所に住んでおりましたので、新宿でも渋谷でも遅くまで居られて、家に帰るのは我々が寝た後、という毎日でして、朝起きて書斎の明かりが付けっぱなしになってるのを見て、「あぁまたあのおじさん、夜中に来て何かやってたんだ」と思ったものです。

仕事一筋と言うと聞こえがいいですが、要するにそれしか無い、ということです。何にでも興味を抱いてどこへでも首を突っ込み、突っ込んだからには何か言わなきゃ気が済まず、そうやって各方面へご迷惑をお掛けする、その数をひたすら増やすのが生き甲斐だったんじゃないか、という気もしています。

亡くなる前日も、福井県の金津創作の森ミュージアムというところの館長を拝命していたので、そこの会議に出席し、その時も具合は悪そうだったようで「泊まっていったら」と心配頂いたのに「いや、帰る!」と言って飛行機で戻ったらしく、羽田午後8時25分発の最寄り駅までのバスの切符がポケットに入っておりました。

で、翌朝 5/26 になりますが、11 時ころ出入りの魚屋が玄関を開けたところ一郎が倒れていたとのことで、救急車で運ばれ蘇生を試みたが叶わず、午後零時2分に息を引き取りました。ちゃんとジャケットを着て靴を履いていた、つまり当日もどこかへ仕事へ出掛けようとしていた訳で、彼らしい最期だったとは思います。

そうなるまでの病歴の詳細は姉 千絵のブログ に書いてありますのでご興味のある方は検索してみてください。「かんからかんのかあん」または「おばんのゴリ押し」というキーワードでヒットすると思います。

元々柔道で鍛えたということもあって、身体に悪いこと*しか*してないにもかかわらず 60 歳ぐらいまでは病気とは無縁でした。腐った物食べても平気な顔してたし。しかし、これは単に医者嫌いでまともに検診とかしてなかっただけなんじゃないかという気もしています。

さすがに 70 を過ぎるといろいろ出てきて、10 年ほど前には肺ガンが見つかり、もう手術も放射線治療もできないぐらい進行していたってことで、私ももうダメかと覚悟して仙台から駆けつけたのですが、聞いてみれば何ですか、タバコを吸う為に脱走して喫茶店で倒れ、運ばれた集中治療室でも「俺は人間がこういう扱いを受けることに抵抗してきたんだ!」とか言って暴れたりしたそうで、もう呆れるしかありません。医者も匙を投げたと言うか追い出されるように退院して、でもそれから十年以上生きながらえ、ガンという話はそれっきり聞かなくなりましたので、もしかしたらニコチンの力でガンを退治しちゃったのかもしれません。

続いて 2003 年に動脈瘤が発見され、ステントという血管を広げる管を入れたのですが、これもいつの間にか「もう来なくてよいと言われた」などと言ってました。これは治ったとか良くなった訳じゃなくて「迷惑だからもう来るな」という意味じゃないかと思います。

昨年再検査したら動脈瘤は直径 6cm までなっていて、もう年齢的に手の施しようが無い、と言われました。こぶし大の塊が血管の中にあってどうやって生きていたのか不思議ですが、結果的にはその時限爆弾が破裂する前に心臓の方がヤバいと思って供給を止めたようで、急性心不全という死因になりました。

まだまだやりたい事はあったと思いますが、まぁもういいでしょ、これからはあの重いカバンを下ろしてゆっくり休みなさい、と言ってやりたいです。

偶然ながら亡くなる十日ほど前に私が仕事で上京したおりに実家へ寄り、珍しく、と言うより初めてなんじゃないかと思いますが、彼と2時間ほど話しました。前立腺ガンでオシッコのコントロールができなかったり、痛風、肺気腫とかいわゆる老人病も患っていたので、「紙パンツは洗濯しちゃダメだよ」とか「ヘルパーさんに毎日来て貰いなさい」とか小言を言ったのですが、「いいんだよ、今までだって成り行き任せで好きなように生きてきたんだから」と言われると「そりゃそうだよなぁ」と同意してしまった私もやはり彼の血を引いているようです。

こうやって好き勝手に生きてきた一郎でも、本日こんなにも多くの皆様に見送られて旅立てるのは幸せです。改めまして皆様のご厚誼に感謝しております。

ありがとうございました。

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by HarryBlog | 2010-06-02 09:37 | Family | ↑Top  
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針生 徹

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