ITコーディネータ 針生徹 の blog
返歌
このエントリは当事者以外には意味不明かも知れない。煙草談義の続きなのであるが、色々あって論点が発散してしまっている。

ただ、ワシは一貫して、煙草そのものよりも、依存症の方に関心が強く、それについて有意義な議論ができれば、と期待しているのだ。

これまでの経緯について興味とヒマがある人は下記企画記事およびトラックバック(直接だけで 47 、孫・曾孫は不明)を参照してみて下さい。

エキブロ総合病院:今週のTB企画 「タバコ」
エキブロ総合病院:ハリーさんとタバコ(まとめ)

これらの全編を読み、その後もヲチしている患者であるワシと主治医である ninotika 氏との対話である。

色々と思うことはあるのだが、それは改めてエントリを起こすとして、まずは頂いたコメントへ返事をしておこう。





ちょっと出刃を突き付けるような内容になるから、って訳じゃないけど、会話なので、文体を変えます。

直接のきっかけは、takepong さんの日々の泡というブログから上記企画記事へのトラックバックに対して ninotika さんがコメントしたことで始まりました。随時リンクしていきますので、詳細はリンク先を参照して下さい。

えっと、感情的になったのは、何かを一生懸命やっている人にたいしてあげあしをとったり、滑稽だといったりするところです。意見が衝突し合うのはおおいに結構ですが、そういうふうに本筋からはずれて、批難しあうと結果的には「マイナス」という意味です。

最初に仕掛けたのは ninotika さんですよね。それも「煙草を愛してる」と言っている人に対して、ケアレスミスではあったようだが、突っ込まれる題材を提供しています。

傍目には、takepong さんの下記記述にカチンと来たのだな、と受け取れました。
翻って「副流煙」だの「受動喫煙」だの「発ガン率」だのを持ち出して来て自分の正義を主張する輩がおるがありゃイケませんなあ。ただのワガママを理論武装しちゃ。だいたい繁華街で煙草から出る煙と自動車からでる排気ガスとどっちが体に悪いかを考えればまずやるべきは自家用車の撤廃でしょ? 好みの問題にすぎないものに無理矢理屁理屈かぶせるから論理が破綻するんよ。やってること自体もさっぱりわけがわからん理屈で動いてるしな。
そしてその後の、「どうやら」で第三者からのコメント、「わはははははは」というエントリで takepong さん本人から反論があった訳です。

これを揚げ足取りと受け取るのは ninotika さんの勝手ですが、ワシには「なるほど、こういう見方もあるのだな」という程度であり、これぐらいで感情的になるのであれば、そもそもネット上での議論などやらない方がいいと思います。

また、ワシが「滑稽」という言葉を使ったのはこのことを指した訳ではなく、リアルでの禁煙転向者からの過剰な口撃に基づく印象です。おそらく正論なのでしょうが、それを武器にして「それを言っちゃぁおしめぇよ」という所までエスカレートする人が多いのが不思議で、それは正に依存症によるものではないかと思っています。

例えば、有害な粒子、のこと、訳の仕方が悪かったのかもしれませんが「air pollution particle」と最近注目を集めているものについて少しだけ触れてみたのですが、takepongさんの記事みてください、>マジで鼻水出そうになりました>わはははは>と書いてある。もうびっくりしました。わからないのなら聞いてくださればいいのに。しかもこの記事はトラバされていないものなので、もし私が見ることがなかったらずっとお互い誤解したまま残されるという最悪の結果です。そういう粒子が新しい研究テーマになっていることさえ知らないのに、調べる前に、人を陰で批判する。知らないのを責めている訳ではありません。そのあげあしの取り方、批判の仕方がという意味です。

ワシがまとめ記事の喫煙反対者および専門家の意見に対して一切反論しなかったのは、こういう反応になるのが嫌だったからなのです。

なんかね、土俵が違うどころか、全く異なる競技で争おうとするような感じがするのです。しかも、こちらは「それぞれ好き嫌いでいいんじゃない?」と言ってるのに、無理矢理ルールを合わせろ、と強要される気がしてしまいます。

日々の泡:なかなか終われませんなへの ninotika さんのコメント
私はサイエンティストですので、証拠(エビデンス)をとることが当たり前です。
この事こそが、ワシにとって、そしておそらく takepong さん、そこへコメント・トラックバックをしている人達には一番の違和感なのだと思います。

「そういう話をしてるんじゃないんだよ」って感じです。だから、こちらが受け入れないからと言って、次々に補強材料を出されても、説伏したいだけで会話する気が無いのじゃないか? と思ってしまいます。
きっとサイエンティストであればお分かりになるのではないかと思います。「客観」と「主観」の違いです。
えっと…サイエンティスト同士で論文のネタについて話をしてるんでしたっけ? (こういうのを揚げ足取りと言いますね。すいません)

エビデンスのある客観でなければダメですか? (これは真面目な疑問)

エキブロ病院の新しいテーマにも関連しますが、専門家と一般ピープルのコミュニケーションでこういう風にやられたら、退いてしまうか抵抗するか、いずれにしても有意義な物は創っていけなくなると思います。

だって、誰かの意見に「それは証拠がありますか?」といちいち訊いていたのでは議論にならないだろうし、そもそも証拠なんか無い事柄だらけで世の中は成り立っていると思いますし。

基本的に好き嫌いで話すほうが感情的だと思います。私はもっとそれをこえて「なぜ好きなのか」「なぜ嫌いなのか」を考えてみたかった。それが私の記事の本筋です。自分と異なる意見に触れた=不愉快ではありません。エキブロ病院では言葉が足りませんでしたが、断じてそういう意味ではありません。以上タケポンさんのところに書きました。

これについては同じく takepong さんの所へコメントした通り、脊髄反射のような応答の仕方、そして上で述べたように相手の意見を「揚げ足取り」とか「誤解」と決めつけ、ちゃんと読もうとしない姿勢を指摘したのであり、好き嫌いという感情について語ることを感情的とは言いません。

「なぜ好きなのか」「なぜ嫌いなのか」を考えてみたかった、のであれば、takepong さんの最初の記事に対してタバコの害のエビデンス(と呼べるのか?)を示したのはどういう意味があるのでしょう?

takepong さんはその後の「好きなもんは好き」というエントリで次のように述べています。
すごく好きなひとがいてもうその人さえいれば良いとか思っているのに周りが「あいつはこういう悪いところがある」などと忠告をしてくれる。たいてい忠告する奴がその相手を嫌いなだけで別にこっちのことを考えてくれてるわけじゃない。好きなものは好きなのであって良いとこも悪いとこもひっくるめて好きなんだから欠点をあげつらったとこで何の効果も無い。という例え話を聞いてまだ煙草をやめろとか言ってくるひととはそもそも意思の疎通が不可能なのかもしれない。
これに対するコメントで、ninotika さんはこう返しています。
ひとは愛するひとなしに生きていくことは多分できませんが、タバコなしで生きていくことはできます。なのでタバコをひとに置き換えられても、納得できません。
これでは、「なぜ好きなのか」を理解しようとしているようには見えません。人や物を好きになるのにもエビデンスが無ければ受け入れられないのですか?

日々の泡:ほんとにほんとにこれで最後だ!?の ninotika さんのコメント。
医師というものは社会のリーダーとして、人を教育する(とくに健康的教育)立場にあります。
タバコが好き、嫌いで話しているのではないことをどうぞご理解ください。
無知な喫煙者を教育するのが目的なのですよね?

ただし、それを望んでいない人に無理矢理教えようとするのは教育とは言えないと思うし、相手の反論を「例外」と切り捨てるのも教育者としてはいかがなものか、と感じました。

というように様々な考え方の人間が居るのが社会であり、うまくコミュニケーションを図れる人がリーダーになるのだと思います。

直接関係ありませんが、エキブロ病院のコメントで ninotika さんはこの一連のやり取りについて触れられていました。
当院の理念
タバコ談義で過熱しすぎて、思いもよらずマイナスな意見を見たりしてちょっと不愉快な思いをちょうどしていたところです。
駅風呂病院とらば企画第3弾お酒のまとめ
タバコ談義はちょっとまだまだ殺気だってます。
ninotika さんは、過熱し、殺気立ち、不愉快な思いをしたようですが、ワシはお陰様でかなり「教育」して貰いましたよ。(これは揚げ足取りではなく)

できれば ninotika さんも、このやり取りをマイナスと受け取らないで何かを学び取って貰えればいいなぁ、と願っています。

さて、ここからは「潜在意識とタバコ」におけるワシのコメントに対する意見ですね。

それからハリーサンに言おうと思いながら、これもまたあらたな論議になりそうで迷っていたのですが、ハリーさんの滑稽という表現、anti-tobaccoさんのところにも書いたのですが、ご本人にしてみれば滑稽ではないと思います。

滑稽という表現については謝罪しました。 →日々の泡:好きなもんは好き

それはさておき、

あなたが妻だとして、夫が喫煙者だとします。妻は夫にタバコをやめてもらいたい。で「タバコをとるか、離婚をするか」ということの2者選択を迫ったら、という問いですね。たかが煙草でそんなのバカらしい、でしょうか。極端でしょうか。

タバコと離婚、タバコと親子」にコメントした通りです。再掲します。
煙草と離婚、全く次元が異なる物を比べるのも嫌ですが、私なら迷わず煙草を捨てます。でも、もしこんな選択を突き付けるような相手とはきっとうまくやっていけないだろうな、とも思ってしまいました。
人間関係は相互です。どちらかが 100% 正しいからと譲らなければ確かに壊れるでしょう。たかが煙草でそんなのバカらしい。
ではこのタバコを「暴力」に置き換えたらどうでしょうか。あなたが妻。夫が妻に毎日暴力をふるう。そんなの許せませんね。タバコは周りの人への暴力です。相手の体に傷をつけているのです。少しづつ、少しづつ、確実に。暴力では死なないかもしれませんが、タバコの受動喫煙では生命の危険さえあるのに。それに気がついていないだけ。毎日毎日、喫煙者の周りにいる子供達や家族、または友人、同僚はあなたのタバコによって侵されているのです。暴力をふるう夫と離婚を考えるのは、決してばからしくも極端でも、笑い飛ばすことでも、滑稽なことでもないと思います。悩むのは当然だと思います。

ninotika さんの意見は了解しました。そして、タバコは暴力なのだから止めなければ離婚する、という人が居るのも事実でしょう。

しかし、ワシは違う、と言っているのです。たとえ暴力よりも恐ろしい物だとしても、それを止めさせようとしたり、その為に別れるなんて考えません。ワシにとってはタバコなんかよりも夫婦や家族の方が大事だからです。

だから、敢えてもう一度言います。バカらしいです。発想が。

それと、上の喩え、蒸し返しになりますが、エビデンスに依存していない人間にいくらエビデンスを突き付けても無意味です。

言葉の暴力という物もあります。正論であっても、使い方によってはタバコなんか比べ物にならないほどの強烈な傷を負わせることができます。

ワシもこのエントリで散々使っていますね。かなり気を使ったつもりですが、うまく書けた自信はありません。

でも、ワシ自身が依存症と真摯に向き合う中で考えたこと、感じたことを正直に伝えたい、というのが本意ですので、受け止めて頂ければ幸いです。
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by harryblog | 2004-09-09 03:34 | Network | ↑Top  
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